この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
『そういえばあいつ、
星に触れたって言ったなぁ。
あれ、どういうことだろう……。
さわったって……。
触れる星ってなんだよ』
圭司は星空に手を伸ばした。
星をつまむように指先を動かして、『触れっこないよ』と、暗がりの中で声もなく微笑んだ。
指先と星との間には、はるか気の遠くなるような距離がある。
それを麻衣は「触れた」と言ったのだ。
星と麻衣のあいだに、麻衣は何を感じたのだろう。
――――(アーティスト感覚はあったよな)
麻衣がときおり見せる繊細さを思い起こした。
いっとき二人の寝間で、自分たちの知る格言や箴言(しんげん)をひけらかし合って、どちらの方が胸に沁みるかと競ったことがあった。
本やメモを見るのはルール違反で、暗記したものでないと麻衣は採用してくれなかった。
――― じゃ、私からね。
そう言って得意げに披露してくれたドイツ詩人の問いは、冒頭こそうろ覚えだったものの、締めくくりの一節が印象的だった。
星々は光る、
無関心に冷たく。
そして一人の愚者が、
返事を待っている―――。
どう? すてきでしょ?―――
生熟(なまな)れな麻衣のしたり顔を思い出して、圭司は、ふふっと笑った。
『あのときはわかんなかったけど、
今の俺には沁みる言葉だなぁ。
あいつ、俺がこうなるの
予測してたんじゃないのかな。
名ゼリフだよ』
圭司は苦笑して、麻衣を落涙させるに至ったヘッセの一節を思い出した。
『おまえ自身の中に、
おまえの必要とする一切がある。
太陽も、星も、月も―――。
これを知ってた俺が勝ったんだ。
愚の音も出せずに
泣いちまいやがって』
弾けながら喉を通るビールの感触に、圭司の唇がきゅっと引っ張られる。
麻衣には厳しい言葉だったのかもしれないなと、圭司は今さら反省した。
おまえ自身の中に、おまえの必要とする一切がある。
太陽も、星も、月も―――。
確かにそうだ。
だけど、どうしようもないことだって、あるんだよ。な、麻衣。
『そうだよな。
だから人のせいにしちゃダメなんだなぁ。
必要とするものは自分の中にあるんだから。
人のせいにするってのは、
自分を活かしきれてないんだ。
おやっさんの言う通りだよ』
ひとりごちて、圭司はあきらめ混じりのため息をついた。