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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
 

『そういえばあいつ、
 星に触れたって言ったなぁ。
 あれ、どういうことだろう……。
 さわったって……。
 触れる星ってなんだよ』

圭司は星空に手を伸ばした。
星をつまむように指先を動かして、『触れっこないよ』と、暗がりの中で声もなく微笑んだ。
指先と星との間には、はるか気の遠くなるような距離がある。
それを麻衣は「触れた」と言ったのだ。
星と麻衣のあいだに、麻衣は何を感じたのだろう。

――――(アーティスト感覚はあったよな)

麻衣がときおり見せる繊細さを思い起こした。
いっとき二人の寝間で、自分たちの知る格言や箴言(しんげん)をひけらかし合って、どちらの方が胸に沁みるかと競ったことがあった。
本やメモを見るのはルール違反で、暗記したものでないと麻衣は採用してくれなかった。

――― じゃ、私からね。

そう言って得意げに披露してくれたドイツ詩人の問いは、冒頭こそうろ覚えだったものの、締めくくりの一節が印象的だった。

 星々は光る、
 無関心に冷たく。
 そして一人の愚者が、
 返事を待っている―――。

 どう? すてきでしょ?―――
 
生熟(なまな)れな麻衣のしたり顔を思い出して、圭司は、ふふっと笑った。

『あのときはわかんなかったけど、
 今の俺には沁みる言葉だなぁ。
 あいつ、俺がこうなるの
 予測してたんじゃないのかな。
 名ゼリフだよ』

圭司は苦笑して、麻衣を落涙させるに至ったヘッセの一節を思い出した。

『おまえ自身の中に、
 おまえの必要とする一切がある。
 太陽も、星も、月も―――。
 
 これを知ってた俺が勝ったんだ。
 愚の音も出せずに
 泣いちまいやがって』

弾けながら喉を通るビールの感触に、圭司の唇がきゅっと引っ張られる。
麻衣には厳しい言葉だったのかもしれないなと、圭司は今さら反省した。

おまえ自身の中に、おまえの必要とする一切がある。
太陽も、星も、月も―――。
確かにそうだ。
だけど、どうしようもないことだって、あるんだよ。な、麻衣。

『そうだよな。
 だから人のせいにしちゃダメなんだなぁ。
 必要とするものは自分の中にあるんだから。
 人のせいにするってのは、
 自分を活かしきれてないんだ。
 おやっさんの言う通りだよ』 

ひとりごちて、圭司はあきらめ混じりのため息をついた。


 
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