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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
世の中には都合のよい道徳観をたてに、規範を踏み外すなと食ってかかる手合いがいるが、「世の常識」だけでは解決をみないことがある。
目を凝らして見るべきは、そんなものではないはずだ。
渡瀬が死にかけたとき、この世に生きていれば何の予兆もなく愛別離苦(あいべつりく)に襲われることを思い知らされた。
だが同時に、はかり知れない奇跡があることも実感した。
その奇跡は、強い意志をたずさえて生きることで「必然」という呼び名に変わるのだと、あの医師に教えられた。
それが真理なのかどうかはわからない。
真理など、どうあがこうと人の手の届くところにはないのだから。
自分たちが手にできるのは現実だけだ。
病に倒れるのも、恋人を失うのも、不妊も、不倫も、そしてそれらに対する解決も、すべて現実の中にしかない。
その現実を生きるのに、麻衣は当然の選択をしたのだ。
きっと麻衣は気づいたのだろう。
人の本当の不幸は、考えることをやめ、選択をやめ、問題の本質から目をそむけたときに生まれるということを。
麻衣は哀しいことから目をそらさなかった。
心の奥底にある目でものを見、考え、選択し、生きる目的と役割を手にした。
立派だと思う――――。
圭司は、たたんだ布団から枕を引き抜いて窓際にぽんと投げ、脇の下に敷いて横になった。
風がそよぎ四畳間のカーテンが揺れる。
気配を感じて目をやると、四畳間に麻衣はいなかったが、そこには抱きすくめてくれるような闇があった。
おまえ自身の中に、おまえの必要とする一切がある。
太陽も、星も、月も―――。
胸の中で繰り返した。
自分たちに、やはり一番ふさわしい言葉だと圭司は思った。
『幸せになろうな、麻衣』
物言わぬ暗闇につぶやいて、目を閉じた。
温かく、されどもすがすがしく冴えたあきらめが胸に沁みてゆく。
柔らかな暗がりが葉擦れの音を忍ばせて、まどろみに融けていく圭司を包みこんだ。
星明りがうっすら圭司の寝顔を染めた。