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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
二ヵ月後、渡瀬は退院し京都の実家へ帰った。
半年ほど自宅療養し、安藤佐和の紹介で大阪・中ノ島の大手デザイン事務所に勤めはじめた。
渡瀬は、入院中、かいがいしく寄り添ってくれていたエリとの仲を急速に深めていた。
京都に戻る際、無理のできない体で就職先も決まらないなか、いたって結婚に消極的だった渡瀬だが、エリとすったもんだ揉めた末、結局エリが渡瀬の実家に押しかける形で一緒になった。
デザイン事務所に就職が決まるのとほぼ同時に、京都の由緒ある神社で結婚式を挙げた。
直樹の母となった麻衣は、病院を辞め、子育てに専念した。
当初、言語性構音障害を疑われていた直樹は、麻衣を得たことによって徐々に症状の改善がみられた。
紙と鉛筆を手に、麻衣は付きっきりで直樹に言葉を教え続けた。
決して叱らず、褒めに褒め、根気強く取り組んだ。
その甲斐あって一緒に暮らしはじめて一年が過ぎたころには、直樹は見るもの触るものの名前を言い、知っている言葉をすべて麻衣に話して聞かせるようになった。
響きがいいのか、ぶんちょう、と、らんちゅう、という言葉がお気に入りで、今では出先で麻衣が口をふさがねばならないほど、快活に話せるようになった。
夫・滝沢は研究職に復帰した。
次世代万能素材グラフェンの研究開発に没頭し、世界中のライバル社としのぎを削っている。
滝沢は、不妊治療に取り組むことを麻衣にすすめたが、麻衣は、経済的、心的負担をともなわせてまで、現在の幸福につないでくれた不遇を自分から切り離すつもりはないと、夫の提案に一切とりあわなかった。
それは倉庫での生活と、そこでともに暮らした仲間に対しての敬意でもあった。