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星と僕たちのあいだに
第1章 雨、出逢い
『なにしてんだ、あんなとこで』
その場にうつむいたまま微動だにしない篠原麻衣の姿が、往来のとぎれとぎれに見えている。
急ブレーキをふんだ後続車が、車道に立つ彼女の間際でつんのめるようにして停まり、怒りのこもったクラクションを小刻みに浴びせた。
その脇を別の車が何台も走り抜けていく。
不吉なものを直感して、圭司は駆け出した。
人波を分けて歩道を走り、クラクションに跳ねのきながらも両手をかかげて車を停め、駅前の広い車道を真ん中までむりやり横切った。
ようやく反対車線へたどりつき、そこへ立ち尽くす篠原麻衣の手首をつかんだ。
『危ないよ! こんなとこにいちゃ』
ぴくりと正気をとり戻して顔を上げた篠原麻衣は、見たことのある男だなという面持ちで圭司を見つめた。
『こないだの……』
『あとでいいよ!
とにかくこっちに!』
圭司は叱りつけるように言い、麻衣の手をとって歩道へ急いだ。
渋滞をすり抜けてきたバイクが、すんでのところで二人をかわして通りすぎ、圭司の肝を冷やした。
ふたりがどうにか歩道へたどりつくと、足止めをくった運転手が窓をあけ、大声で麻衣をののしりながら走り去っていった。
罵声をやりすごして、圭司は、呆然としたままの麻衣の肩をゆすった。
『どうした?
危ないとこだったよ』
圭司の問いに、麻衣はうつむいて小さく顔をふっただけだった。
麻衣の濡れた前髪から、雨粒がしたたり落ちた。
圭司は、彼女がまともな状態ではないと一目でわかった。
雨の降りしぶく車道に人を置き去りにする運転手も、そこに立ちつくしていたこの女も、まともではない。
だが、初対面ではないにしても細かな事情を聞くほどのあいだがらでもない、憔悴しきった篠原麻衣という女に、圭司はどう接していいのか判らなかった。
麻衣はまばたきもせず、焦点の定まらない視線を圭司の足元へ落としている。
遠くに雷が鳴った。
小さな空が紫色にまたたいて、雨が強くなった。