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オーバーナイトケース
第1章 ありふれた出会い
私は独り身だが、
伊原浩介には家庭がある。
出会ったのは、私が勤めるビジネスホテル。
その時一人でフロントについていた私に、
彼は道でも尋ねるように悪びれることなく誘ってきた。
僕を食事に連れていってくれない?と。
「は?」
「だから、どこか食事するところに案内してほしいんだよ」
「あの・・お客様・・でしたらこちらに周辺マップがございますので・・」
フロント係手作りのマップには、
ホテルから歩いていかれる範囲にある飲食店やコンビニの
地図や情報が書かれている。
それを手渡そうとすると、まるで無視、だった。
「僕ね、宇都宮から単身赴任してくるんだ。
この一週間はここに泊まって住まいの準備をするんだけどさ。
このへんの地理にはまったくうといから、だから
連れていってもらえると助かるんだよなぁ」
カウンターに肘をつき、前にのめるようにして見つめられた私は、
ギュッと心を掴まれた。