- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
オーバーナイトケース
第1章 ありふれた出会い
9時少し前に、伊原浩介がロビーへと降りてきた。
引き継ぎ業務をしながら横目で彼の姿を追う。
彼のほうも私を見ている。
そして体全体を使って合図を送ってくる。
伸びをしながらドアの外へと出ていき、
入り口の横に立ち止り、待ちの体勢をとった。
9時になり仕事を終えると早い足取りで更衣室へ向かう。
いつものんびりと着替える私も今日は素早い動作で着替え、
化粧を少し直し、髪をほどいて整えた。
通用口から表に出て、
正面入り口へと回り込むと、彼は私を待たずに少し歩きだした。
きっと中から見えたらまずい、とでも思ったのだろうか。
その自然な振る舞いに、こういう事に慣れている、とうっすらと思った。
足を速め浩介に追いつくと、まるで昔からの知り合いのように
どこ行こうか?と笑いかけてきた。
「あの・・じゃあこの辺りでは美味しいと評判の鳥料理のお店でもいいですか?」
「うん、キミが薦めるとこならどこでも」
なんて自然な会話なんだろう。
さっき、ほんの3時間前に会ったばかりの相手とは思えないほど
違和感のないこの男のことを知りたいと
素直に思う自分がいた。