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藍の果て
第5章 生存者
何度も人にぶつかって、その度に足止めされるからか、背中に中々追いつくことが出来ない。
——早く捕まえなきゃ……っ、見失うよっ。
息もそこそこ上がってきた。未だ身体が未発達のために持久力が無いのが恨めしい。
「待てっ」
情けなく掠れた声に、もちろん背中は待ってくれる訳が無い。
なるべく強引に人の波を分けての市場の中の追走劇は、かなり不利だった。
騒ぎになり始めたのか人々も、察して道を空けていくが、それでも思ったより身軽で足の速い背中。
——まずいっ!このままじゃあっ。
「わっ!」
もう追いつけない。リオも諦めかけた時、背中は逃げ切ろうという意識しか無い為に、下への注意力は不足していたのだろうか、いきなり引っかかった何かに足元を掬われて小さな声をもらしたかと思うと固い地面へと転倒した。
「悪い、余所見をしてた。大丈夫か?あんた」
大袈裟に肩を竦めて暢気な調子で謝る声には、聞き覚えがあった。
両手を軽く上げながら何故かおどけた調子で降参のポーズをしてみせるが、転んだ人物に向ける配慮の言葉は、いかにも胡散臭い棒読みだ。
「デイジーっ!そいつを逃がしちゃ駄目だよっ、捕まえててっ!」
「リオ?……何だ?買い物は済んだのか?」
「それどころじゃない!……っ、ど、泥棒、なのっ!」
リオの声を聞いてか、再び駆けだそうとする背中を引き留めるように、デイジーがその腕を掴む。
「っ、離っ、離して、くださいっ!」
何とか振り切ろうとするが、大きな掌はがっちりと掴んで泥棒の腕を離さない。
首を傾げながら紅い瞳が呆れにも似た視線へと変わっていく。
「随分ご丁寧な泥棒だな。……にしても、これだけの騒ぎで、俺を振り切ったとして逃げ切れると思ってるのか?あんた」
背中としか見ていなかったが、デイジーに捕まえられると、その身体は随分と体格差がある事に気づく。
低くなりかけの声は丁寧な敬語を話し、捕まえている男よりも細い腕は勿論振り切る事が出来そうになく、無意味な空気を振り切るだけで駄々をこねる子供みたいになっている。
「っ、見逃して、くださいっ。お願いしますっ。ここで、捕まる訳には、いかないんですっ、僕はっ!」