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藍の果て
第5章 生存者
「だ、だって、この後、この人……どうなっちゃうの?!僕らが放っておけば、きっと……」
「あぁ、見つかるな。バルトに戻されて、強制労働よりも待ってる事態は最悪だ」
冷酷で残忍な現実を突きつけられる言葉に、少年の肩は小さく震える。
先ほどから地面を見つめたきり、視線が一向に上がってこないのも、恐らくは最悪な事態が想定できているからなのだろう。
目の前に居る手に届く窮地の人間に、手を伸ばせないなんて……。
「戻るぞ、リオ」
踵を返して何の未練も無く去ろうとするデイジーに、初めての反抗をしてか、足は一歩も前に進もうとはしなかった。
「やだ。嫌だ!こんなの、やだよ!こんな状況を放って置くことなんて、出来るわけ無い!」
「……。いい加減にしろ。だったら、お前に何が出来るんだ?そいつを守って一生養っていくつもりか?」
リオの言い分を聞いて、瞳を細めたデイジーの言葉は、いつになく冷たく厳しい言葉。
確かに、デイジーの言っている言葉は正しいと分る。
中途半端な優しさは、時に他人を余計に苦しめる結果になる事も。
それでも、リオの足は少年を庇う様に立ったまま一歩も動こうとはしない。
「どこまで出来るか分らないよ……。それでも、最初からこの人を見捨てたくない!
デイジーは冷たいよっ!見損なった!そんな奴だとは思わなかった!!」
まるで駄々をこねる子供だ。
デイジーがすべて悪い訳ではないと分っていても、溢れだす言葉を止める事は出来なかった。
風習という絶対的な鎖が邪魔をしている。それを断ち切る術を持ってない無力な自身を、デイジーという現実を良く知る大人に八つ当たりしているだけだ。
「だったら、勝手にしろ」
ぽかり、と胸に穴を簡単に空けてしまう様な乾いた音に似た突き話す言葉が返ってくる。
何を置いても一番聞くのを恐れた言葉。
ここで生きていくには、絶対的に信頼していた人からの言葉は、息が苦しくなるほどにリオの胸に突き刺さった。
二人にもう一度視線を寄越したデイジーだったが、直ぐに踵を返して市場の人並みの中に消えて行ってしまう。
「あ……」
てっきり、何時もの様に仕方ないと苦笑いでも浮かべながら受け入れてくれると思っていた。
しかし、その足音はもう消えてしまって戻ってこない。