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藍の果て
第6章 契約の妻
滝のような雨が降りしきっていた。
数日間の雨は川の水かさを増水させ、獣が唸るような音を立てて濁流が市場の方へ向かって流れていく。
上流の方に家のあるユリアも不安な面持ちのまま、窓を眺める。
雨音しかしない夜更けに、突然に玄関の扉をノックする音が響く。
コンコン……。
寝間着姿のままだったが、ユリアは寝室からゆっくりと身体を起こして、玄関へと向かう。
「どちら様?」
……。返事が無い。
夜更けとなれば、いくら比較的平穏とは言え、パルバナの地も危険であることに変わりない。
それに、夫が帰ってこない今、自分の身を守る術は自分しか居ないのだ。
チェーンをかけている。一気に扉を開けさえしなければ……。
ゆっくりと扉を開けて、その隙間から様子を伺い覗き込む姿勢となる。
そこには、見知らぬ男が立っていた。
黄色の肌に、雨に濡れた黒髪が水分を含んで肌に張り付いている。
随分と濡れているだろうが、それを拭おうとせずに真っ直ぐにユリアを見つめていた。
燃えるような、赤い瞳で。
「ひっ……」
小さな悲鳴をもらしてしまったが、男は相変わらず視線を逸らさずユリアを見つめている。
無機質な口調で、漸く彼は口を開いた。
「あんたが、ユリアか?」
「そ、そうよ。貴方は……誰なの?」
「言伝(コトヅテ)を頼まれた。あんたの、旦那と名乗る男から」
「言伝っ!?彼は、彼は今、どこに居るの!?」
何かを知っていそうな男を招き入れる為に、チェーンを解くと扉を開ける。
しかし、玄関に入る事はせずに男はまた無感情な抑揚の無い言葉で、その真実をユリアに告げた。
「あんたの旦那は<死んだ>」
死、ん、だ?
頭の中にそれは響いたが、どこか他人事のようなキーワードに現実味が無い。
まさか。
だって、直ぐに戻ると言ったもの。
手料理を食べたいと、可愛らしい笑顔で、告げてくれたもの。
あの日も、笑って手を振って何時もの様に出かけて行った。
心拍数が上がっていくのが分る。
胸が締め付けられそうな吐き気と、眩暈に襲われてその場に崩れるように尻餅をつく。
「うそ……嘘よ……。貴方が、どうして……そんな事……」