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藍の果て
第9章 二部 バルト
「シルヴァ?どうしたの?」
リオの問いかけによって我に返ったシルヴァは、何も無かったかのように髪から手を放す。
何時もなら何の意味も持たない悪態から喧嘩にまで発展して、子供のふざけ合いの様なやりとりが繰り返されているのに。
明らかに自分自身の何時もの行動ではなく、シルヴァは思わず露骨に顔を逸らした。
「何でも無ぇよ!」
「は?何それ!?結局何しに来たわけ?!」
「元々俺の領地内だろうが!俺がどこで何しようが俺の勝手だ。テメェのアホ面も見飽きたから、戻るだけだ!」
「なっ!?」
思いつくだけの憎まれ口を叩いて、何時もの衝突に持ち込む。
こうすれば何時も通りだ、平然を装えるし心情の変化をリオに悟られる事も無い。
今、胸中を説明しようにも……一番理解できていないのは、自分自身なのだから。
指に絡みついた滑らかな髪の感触を残し、思わずその余韻に浸る様に手のひらを見つめる。
自然と溜息が何度もこぼれて、五年前まで必死に追い続けていた男の顔を思い出していた。
デイジー・クルス。
何年の時を重ねようと、自分の執着する背後には何時も奴の姿がある気がして、忌々し気に舌打ちした。
デイジーならば、今のシルヴァを見て何と口にするだろう。
あの余裕そうな人を小馬鹿にする笑みを浮かべて、見透かしたように言い放つに違いない。
「幼い子供に、思うがままに振り回され、情けない」と。
部屋に戻ると、心配そうな視線を向けて来た婚約者の女が居る。
今は向けられた視線に上手く対応するほど、シルヴァは人間が器用に出来てはいない。
女の視線を避ける様にすり抜けて、ベッドに倒れこんだ。
「寝る」
短い一言で女の構ってほしそうな視線を一蹴すると、大して眠たくも無い癖に、その瞼を閉じる。
シルヴァからは見えない……、その女の表情など。
彼女の見据える先は、リオが鍛錬している窓の外。
真下に見えるリオを見下ろしながら、形の良い唇が歪む。
その白い小さな掌は爪を食い込ませるように、ぎっちりと拳が握られていた。