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背後偏愛サロン
第1章 とまどい

(2)

 今日の『会員』が部屋に入って来たようだ。
 ゆっくりと詩織の背後に近づいてくる気配を感じる。

 前回にしても、今回にしても……一体どんな男性なのだろうか?
 年齢は?
 風貌は?
 声は?
 そんなことは一切分からない。

 拘束されているわけではないから、詩織がその気になれば振り向いて確かめることもできる。
 しかし、それは同時に相手に詩織の素顔をさらすことにもなる。
 それだけは、絶対にできない。
 『サロン』に来ていることは誰にも知られたくない。知られるわけにはいかない。

 ハ……ァ……ッ……
 ハ……ァ……ッ……

 詩織の身体が思い出している息づかいではない。
 本物だ。
 かすかに、背中に触れる空気が動いている。
 振り向けないことが、かえって聴覚と嗅覚と触覚とを研ぎすましていく。

 ハァ……ッ……
 ハァ……ッ……

 その音は時おり詩織に近づいたり、あるいは遠ざかったり、上から、下から、斜め後ろから聞こえてきたりもする。
 整髪料か香水か、弱い香りがうっすら鼻をかすめる。

 ――じっと、立ってるだけでいい……
 ――じっと、立ってるだけで……

 詩織は頭の中でそう繰り返した。
 前の時もそうだった。
 立っているだけでよかったのだ。
 背後で放たれる、静かで熱い息づかいを浴びるだけでよかったのだ。
 今日も同じようにしていれば、それでいいのだ。
 それだけでいいのに――

 ほのかに詩織の全身は熱くなっていく。
 下腹の芯から、波紋のようにゆっくりと熱さが広がってくる。
 前回も、今回も。
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