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背後偏愛サロン
第2章 渇き
 空は曇っていて、三月初旬の空気は凛として冷え込んでいる。
 詩織はマフラーを上げて口元まで覆った。

 今日はブラウンのスタンドカラーコートを選んだ。インナーは前と同じく黒のハイネックニット、脚は黒タイツにショートブーツだ。
 スカートはワインレッドのフレアスカートを選んだ。

 それも――
 三十を過ぎた最近では気が引けてしまってあまり履かなくなった、少し短めのスカートだ。
 セミショートで、普段履いているものよりはずっと短い。
 二度と引っ張り出すことはないと思っていたのに、脚がタイツということもあって、着替える時に詩織はためらいなくそれを選んだ。

 高揚する。
 抑えようとしても、抑えようとしても。

 『普段の外出着で街を歩く貴女の後ろ姿は――』
 『それだけで蠱惑的なのです――』

 今、振り向けば詩織の後ろに何人の男性が目に入るだろうか?

 『顔が見えないからこそ、
  狂おしいまでに欲情した表情を妄想し――』

 今、背後では何人の男性が詩織の後ろ姿を見ているのだろうか?

 『いつもの服装だからこそ、
  手が届きそうな生々しい肉感を妄想する――』

 今、詩織は彼らを欲情させているのだろうか?

 ――私の身体にはまだ……
 ――魅力は、ありますか……?

 彼らに直接聞けたとしたら、どんな返事が返ってくるだろう?



 やがて裏通りに入る。
 その途端に、詩織は日常から非日常へと迷い込んだような心持ちになった。
 スマホの地図を見る。
 指定された場所への経路は、徒歩であと五分とある。
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