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背後偏愛サロン
第2章 渇き
 顔が熱くなっている。
 身体が、浮いているような感じがする。
 本当は――今歩いている場所は現実には存在しなくて、青山通りから外れた瞬間、何かの拍子に異世界に紛れ込んだのではないだろうか?

 詩織は、少し身体を振ってみた。
 スカートの裾が軽く小さく舞う。
 この小さく舞う裾はまた――まくり上げられるのだろうか。
 詩織の胸は高鳴っていた。

 気がつけば、目的の建物の前だった。
 コンクリート打ちっぱなしの小さな建物だ。
 重厚な扉のわきに立てかけられた看板には、いつもの『個展』『Ephemeral Doll』の文字が見える。

 時間にはまだ早いが、詩織はためらうことなく中へ入り、あの、服を着せた妖しげな人形たちの写真が飾られている部屋を抜ける。
 客は、一人もいない。
 途中、詩織の服を着た人形の写真が目に入った。
 それだけでまた、脈が速くなる。

 一番奥の『関係者以外立ち入り禁止』の札のある小さな扉を通り抜け、詩織はメールに書かれていた『1』の札の部屋に入った。
 部屋はいつも通りほのかに明るい琥珀色で満たされ、紅い絨毯、顔を隠す紅いカーテンがある。

 詩織はチェストの上に置いてある封筒の蝋をはがし、中の便箋を広げた。
 いつもの文章が書いてあるだけだった。
 少し拍子抜けだった。
 メールに『今日も触られても構いません』と書いておいたのに、文章に何ら変化はなかった。

 詩織は奥の壁手前のカーテンまでゆっくり歩いていった。
 そしてカーテンの穴に顔を入れ、左手の指輪を外しバッグにしまった。
 目の前にある棚にバッグを置きつつ、呼び鈴の紐がすぐ手の届く場所にぶら下がっているのを確かめる。
 そしてそのまま、直立の姿勢で待つ。
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