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背後偏愛サロン
第3章 誘い
 男性の両手がカーテンの下から伸び、手錠を外す。
 袖はワイシャツだ。
 会社員だろうか。
 もっと年配で役員だったりするのだろうか。
 いや、スーツを着る職業など他にいくらでもあるし、職業とは関係なく着ているだけかもしれない。

 詩織は、自由になった手を伸ばし、棚の上の自分のバッグからスマホを取り出して、男性のアドレスが打たれている画面を写真に撮った。
 そのシャッター音だけで、詩織はまた秘宮の芯をつままれたように感じた。

    ※  ※  ※

 詩織は『サロン』からの帰路についていた。
 地上から表参道駅に向かう階段を降りる。
 一週間も経っていないからか、今回の『会場』も前回と同じ場所だった。

 刺激的な提案――。
 刺激的な場所――。

 詩織は、安うけ合いをしてしまったのではないかという後悔と、早くそれが何かを知りたいという情欲との間で揺れ動いていた。
 いや――
 揺れ動いていると思いたかった。
 心のどこかで、後悔などしていない自分を分かっていた。

 「お姉ちゃん」
 突然の声に、詩織は立ち止まってさっと振り向いた。
 そこには愛海が立っていた。
 詩織は唖然とした。
 どうしてまたここに愛海がいるのか――?

 詩織は、自分の口が開いたままになっていることに気づいた。
 口を閉じ、そしてなんとか平静を装うことに努めた。
 「また来ちゃった」
 そう言って愛海は腕を組んできた。
 二人は一緒に歩き出した。

 「……カズくんは?」
 「会社行ったよ?」
 「有給取ったのに?」
 「んー、携帯鳴って。呼び出しだって」
 「部屋は?」
 「いーとこ見つかった♪」
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