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背後偏愛サロン
第4章 放ち
 さっきまでの泣きそうな顔は、これっぽっちも残っていない。
 むしろ挑発的な色さえ浮かんでいる。
 この愛海の変貌ぶりは何だろうか?
 「当たってるでしょお姉ちゃん? でもついてかないから。あたしも出かけたいっていうか、予定あるし」

 愛海は顔を、詩織の濡れた髪の間にある耳元に近づけてきた。
 「……ホント真っ白」
 愛海は詩織の耳たぶを軽く噛んだ。
 「……マナ、やめて」
 「表参道は『どんなとこ』だったの……?」
 愛海が耳元でささやいてくる。

 詩織はゆっくり愛海の体を離し、彼女の目を見ずに言った。
 「そうだね……気持ちいいところ」
 愛海が一瞬真顔になる。
 詩織は愛海を見ることなく髪にタオルを当て続ける。
 「ふうん……」
 愛海はそう言うと、リビングを出て行った。

 詩織は髪を拭くのを止め、しばらくの間動かずに、愛海が出て行った扉をじっと見ていた。
 やがてスマホを手に取り、少し長めの新規メールを一通打って、送信した。

    ※  ※  ※

 午後、詩織は約束の時間に赤坂のホテルのロビーにいた。
 ロビーの天井は吹き抜けになっていて、壁は高級感に満ち満ちた石材や木目でおおわれ、すき間なく敷き詰められたえんじ色のカーペットは靴音を全部吸収するほどの厚みだ。
 行き交う人々はビジネスマンや富裕層の旅行客が多いように見える。しかも半分くらいは外国人のようだ。

 落ち着かない。
 どうにも場違いな所に来てしまったようで、気持ちがそわそわする。
 本当にこのホテルで合っているのだろうか?
 すでに――
 この中に、『会員』がいるかもしれない。
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