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背後偏愛サロン
第4章 放ち

(2)

 トイレの中には誰もいなかった。
 個室も全部開け放たれている。
 普段目にすることなどない男性用の小便器が、奇妙なものに見えた。
 もたついている場合ではない。
 今この瞬間にも誰かが入ってくるかもしれないのだ。

 詩織は、ほとんど駆け足で一番奥にある個室に入ると、扉を閉めて錠をした。
 壁に取り付けられている小さな棚にバッグを置く。
 はあっ……はあっ……
 息が、荒い。
 個室は広く、悪臭もせず、掃除は綺麗に行き届いていて石造りの壁や床は磨き抜かれている。
 しかも、やたらと静かだ。
 それが一層、詩織の気持ちを落ち着かないものにさせる。

 『会員』はいつ来るのだろう?
 どれくらい待てばいいのだろう?
 そもそも、誘いに乗ってよかったのだろうか?

 その時、誰かがトイレに入ってくる足音がした。
 石造りの床は靴音を大きく響かせる。
 足音は詩織のいる個室に近づいてきた。
 目の前の扉がノックされるはずだ。
 個室の外にまで響くかと思うほど、心臓が高鳴る。

 が、聞こえてきたのはベルトを外しファスナーを下ろす音だった。
 関係ない男性が、ただ用を足しに来ただけのようだ。

 詩織は少し落ち着きを取り戻したが、小さく水流が陶器に連続して当たる音が耳に入ってくる。
 先端から勢いよく放水する男根――それも夫のものでないもの――が脳裏に浮かんできた。
 たったそれだけのことに、詩織は全身をふるるっ……と震わせた。
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