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背後偏愛サロン
第1章 とまどい
 詩織は便箋を封筒に戻し、チェストの上に置いた。
 そして奥の壁のカーテンの前に立った。
 カーテンの真ん中に開いている穴に、顔を入れる。

 穴は、詩織の顔がちょうど入るくらいの大きさだ。
 カーテンの裾は、乳房が全部隠れる程度の高さで、穴に顔を入れたままで背筋を伸ばし直立するとそれが軽く胸に乗る。
 顔を少し下に傾ければ、自分が履いている濃茶のショートブーツのつま先が見える。つま先より上は胸に乗ったカーテンの裾にさえぎられて見ることはできない。

 詩織は、壁面の顔の高さあたりに取り付けられた棚にバッグを置いた。
 棚の縁には手すりが取り付けられている。
 そして手の届く距離に紐が一本ぶら下がっている。呼び鈴の紐だ。

 詩織は、ふと右手で左手薬指の指輪に触れた。
 ゆっくりと指輪を外すと、バッグを取って中に入れた。
 詩織はバッグを棚に戻し、両手をももの横に添えて背筋を伸ばしてじっと立った。

 静かだ。
 銀座や八重洲の近くとは思えない。
 心臓が高鳴ってきているのが分かる。
 静かすぎて、その音が部屋中に響いている気がする。

 『ハァァッ……』

 ――えっ……?
 詩織は耳をすませた。
 男性の息づかい――。
 そんなはずはない。
 部屋に入ってからずっと、詩織以外が扉を開け閉めしたような音は聞いていない。

 詩織はとっさに振り向いた。
 やはり、誰もいない。

 『ハァァッ……』

 詩織は自分の身体が、『前回の会員』の息づかいを思い出しているだけだということに気づいた。
 再び、カーテンに顔を入れる。
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