この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
妄想シンドローム
第4章 愚者の後悔
「だから何? 僕が最低なら杏璃も一緒だって――」
「一緒にしないで!」
だが今度こそ大声が口から飛び出す。
それに驚いたかどうかは知らないが、虫たちが鳴くのを一斉に止め、杏璃の荒い息づかいだけが響く。
「一緒に……しないでよ」
声が震える。喉の奥からせり上がる苦しさ。目頭が熱くなる。
「私は! 私は……好きだったよ、司のこと」
司の本性を知ってから、怒りに任せて悲しみを追いやった日もあった。復讐にかまけることで、痛みを忘れ去ろうとしてきた。
だがどうあっても、心に刻まれた傷は失われてくれないのだ。
初恋だった。初恋だったのに……彼はいとも容易くまっさらな恋心を穢していく。
「あんたは私を利用してただけかもだけど、私はちゃんと好きだった。初デートの前日は嬉しくて眠れなかった。初めてキスした日の夕焼けは、今だって瞼の裏に焼き付いてる。手を繋いだときはいっつも緊張して心臓が破裂しそうだった。笑いかけてくれるだけでドキドキした。名前を呼ばれると羽が生えた心地になった。……そういう私の気持ちは考えてくれないの?」
杏璃の頬に流れる大粒の涙が、月と星が支配する空の下で煌めいた。
.