この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
want to be ...【短編集】
第8章 矢野家訪問
これ以上どうなれってんだよな。
それに、ほんとに俺達が恋人関係になるなら、とっくの昔になってたはずなんだよな。
俺がこれからもずっと一緒にいたいのは、別の子なんだ。
美咲に告白して、改めて思って。
「早く会わなきゃいけない」と思って。
柄でもない薔薇の花束を用意して…杏奈を迎えに行ったんだ。
「…、なぁつかしー…」
いろんなことを思い出して、つい口から独り言がこぼれた。
いろいろあったな、ほんと…
俺は変われたのかな。
杏奈を守れる男に、なれてんのかな…
ぼんやりと考えながら身体をゆっくり後ろに倒す。
ギシ、と音をたてて年季が入ったフローリングが軋んで、小さい頃ここ走り回ったなーと思い出す。
しばらく目を閉じていた。
顔にときどき当たる風が気持ちよかった。
時間が経つにつれて、車が通る音も増えてきて。
そして…
遠くから微かに聞こえる、階段を降りる音。
親のような勝手知ったる歩き方じゃなくて、おぼつかない、迷うような足音が聞こえて。
つい口角が上がった。
…俺はここだよ、早く見つけて。
誰に遠慮してるのか、小さな声で俺を呼ぶ声まで聞こえる。
「…そ、蒼汰ぁ」
ここだっつの…
目をゆっくり開けた時、視界の端に杏奈を捉えた。
「…あっ、いた…っ」
控えめな足音でこちらへ来る杏奈。
「おー、杏奈。やっと見つかったか」
「…何それぇ。かくれんぼだったの?」
「ははっ、ちげーよ」
身体を起こして、隣に座ってきた杏奈の身体を抱き寄せて。
なんとなく心の中で呟いた。
『杏奈。俺のこと、見つけてくれてありがとな』
「…えっ?あれ?なんか言った?」
「…何も?」
「ふぅん…」
フローリングに置かれた小さな手。
そっと指を絡めて繋ぐ。
俺を見上げた杏奈が、照れたように俯く。
いつの間にか、深い闇も、ニコチン欲も、消えていた。