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講義の終わりにロマンスを
第3章 変装と女心

L字型カウンターの奥側、ちょうど従業員用の扉に近い席へ腰を降ろして、真菜は心臓の鼓動が痛いほど鳴っているのを感じていた。


(先生が、・・・いる)


しかも、探していた、その人は、BARの客では無かった。
BARで働いていた。夜の仕事を、していたのだ。


流石に、その発想は無かったため、足の届きにくいスツールに座っても、真菜の頭は一向に晴れることが無い。


(先生が、BARで、働いてる)


高校3年生の自分にとって、BARで働く、という事実自体が、何だか夢の様な話だ。
自分は、今月末に中間テストという名の模試を控えていて、その後も試験をして、学力チェックを行い、それを終えたら、ようやく大学受験で。
まだ、大人になって働く世界は遠く感じるし、特にBARで働くなんて、何だか自分と違う世界にしか感じられない。




それに―――。




(先生、私に、隠していたの?)





  *  *  *



スツールに腰掛けた真菜を見て、佐々木が眉を上げた。
俯いている彼女の表情は見えないが、勘が、働く。


「シンさん」


背後から小声で呼ばれて、国崎に振り返って軽く頷いた。
チーフを務める彼も、同じ判断をしたらしい。
小さく息を吐いて、佐々木は細長いカクテルグラスを手元に引き寄せた。


「オレンジジュースで、いいですか?」
「え」


見上げてきた表情は、まだどこかあどけなさが残る。
幼さから脱皮しようとしている容貌は、妙に男心をくすぐる色気を孕んで見える。
だからこそ、扱いを誤ることは出来ない。


「アイスティーの方が良いでしょうか」
「・・・・・・オレンジで」


浮かない顔だが、それでもはっきりと好みを伝えてきた彼女に、佐々木は相手に分からないように胸の内で嘆息した。
コースターを目の前に置くと、彼女は物珍しそうに丸い円盤型の板を見つめる。
紙製のそれは、黒地に白い筆記体で「Dance」と描かれている。
おそらく、そんなシックな雰囲気にも、心動かされる年頃なのだろう。

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