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講義の終わりにロマンスを
第4章 決戦の金曜日
驚きで声も出せずに固まる真菜にネームプレートを握らせ、小鳥遊はどさっと椅子に座った。
確かに初回の授業で、自分は名前しか伝えていなかった気がする。
真菜の授業報告は、母親へLINE伝達しているが、自分のアカウント名は"たかなし君"と平仮名表記にしているから、仮に真菜が見たとしても漢字を知らないのも無理も無い。年始の挨拶だけ、直接、年賀メールをしているが、もともと小鳥遊はメールの末尾を"たかなし"と平仮名で締めくくる癖があった。
やっと謎がとけて、小鳥遊は思わず笑っていた。
「そっか、そうだよな。俺、名前、書いたこと無かったな。そういえば」
すっかり気の抜けた声で言う小鳥遊に、真菜が自分の勘違いに気づいて、みるみる赤くなる。
彼は、自分に嘘をついたわけじゃなかった。
1人で勘違いして、1人で悩んで、周りを巻き込んで―――。
「私、"高いに梨"だと思って…」
「うん。そりゃそうだよ。俺だって、子供の頃、凄い言われたし、変な苗字って。普通は、タカナシって聞いたら、そっちイメージするよね」
「・・・あ、ごめ――」
「ごめん。―――俺が、ちゃんと名前を説明してなかったから、真菜ちゃんに誤解させてた」
たどり着いた結論に余程安堵したのか、小鳥遊は両手で顔を拭うように覆ってから、改めて深呼吸して振り向いた。
「俺は、真菜ちゃんに出会った時から"たかなし はると"。今も昔も、変わってないよ?」
(・・・!)
その微笑みに見惚れる真菜には気づかず、小鳥遊の視線がBARの時計に触れた。
そろそろ佐々木が来る時間だ。
「そうだ、真菜ちゃん。そのネームプレートあげるよ」
「えっ」
「受験生だろ? 難読漢字、読めたほうがいいし。まぁ、あれだね、お守り」
「ちなみに、ハルトは"天気の晴れに、人"ね」と愉しげに続けると、小鳥遊はテーブルの筆記用具を片付け始める。
一度ノートを開き、書きかけの公式にラインだけ引いておく。
謎が解けた今、小鳥遊は来週の授業で、きちんと話をして、再び家庭教師として真菜と対峙しようと決めていた。
その広い背中を見て、真菜が掌のネームプレートを無意識に握りしめた。
「私、先生が、好き…」
小鳥遊の動きが、ピタリと止まった。