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蜜刻に揺れて
第8章 奥深く暗い森
ここではない何処かへ。

ホーチミンじゃなくていい、此処でない何処かなら。

それは竜の気持ちを反映していた。

個人情報なんて100も承知だった。

だけど、記載された電話番号とメールと名前は…蜘蛛の糸だ。

非常階段で電話番号を押す。

『…もしもし…?』

「もしもし?葉山 静さん?」

『…そうですけど、どちら様ですか?』

「此処じゃないなら何処でもいいって何?」

耳を震わすその声は落ち着いた女性の声で、大いに不信感を含んでいた。

何を話しても何処か素っ気ないのは警戒心の表れで、それが竜には安心感を抱かせた。

ハナコとでも名付けなければタローという偽名は使えない。

見も知らぬ女の声で竜と呼ばれるのは…辛い。

思い出すのは、想像してしまうのはあいりの声だから。

ファイナルが終わってからのメールへの返信すら素っ気なくて、笑ってしまった。

その日からメールをやりとりする度に興味が湧いた。

素っ気ないけれど、ちゃんと返ってくるメール。

ふざけていた四字熟語もどんどん熱がこもる様になって…



逢いたくなった。
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