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フルカラーの愛で縛って
第2章 花


  *  *  *


「ポスター?」

意外な言葉に首を傾げた黒髪の青年に、詩織は軽く頷く。
その傍で、もう1人の男が2人の会話を聞くともなしに聞きながら、頬杖をついて眠そうにしている。

自分達の職場――Jazz Bar『Dance』近くの、こじんまりした純喫茶で、3人は臙脂色のソファに腰を下ろしていた。
昭和の一場面を切り取ったような飴色の店内には、大きな蓄音機と、昔ながらのレジスターが置かれ、天井のランプシェードも鈴蘭(すずらん)の花に似た形が可愛らしい。入り口の焦げ茶の扉には複数の色を含むガラスが、ステンドグラスよろしく幾何学模様ではまって、外から差し込む光を柔らかく彩っている。
レトロな雰囲気の中に、温かい空気が漂う、この店の雰囲気が、詩織は好きだった。

「国崎さん、そんなこと詩織さんに頼んでたんだ」
「望月君は、どう思う? あの壁に飾るの、何がいいか、って言われたら」
「んー」

望月(もちづき)と呼ばれた青年は、アイスコーヒーのグラスを手の中で軽く回しながら、ガラスの外を見た。
4人掛けの向かい合った座席で、詩織と望月は窓側に、もう1人の男は望月の隣の席に座り、向かいのソファに置かれた詩織の鞄辺りを見ている。
ガラス窓の上には、店名の『soiree』という文字が、アーチを描くように白地で刻まれていた。
反転したその文字を、ふっと見上げた詩織の耳に、望月の少し高い声が届く。

「"花"かなぁ」
「花?」
「そう。花の写真。どうですか?」




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※臙脂色…えんじいろ。深みのある、少し黒ずんだ濃い赤色。
※soiree…ソワレ。夜会のこと。演劇などでは夜の公演を指す用語としても使われる。
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