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フルカラーの愛で縛って
第3章 絵
■絵■
詩織は月曜日が嫌いだった。
BARのメンバーは、皆、(学生バイトの2人以外は)1週間に必ず2日休みがあるシフト制だが、詩織の休日は火曜と水曜であり、その情報は、あの執着気質の芸術家にも把捉(はそく)されていた。月曜の深夜に、「待っているよ」とメールが来る度に、詩織は持っている携帯端末を壁に投げつけたくなる衝動に駆られる。
最も嫌らしいのは、彼が脅迫めいたことをせず、嫌ならば来なければ良い、という態度を貫いていることだ。
男の病的な芸術活動に翻弄され始めてから、詩織は当初、誘われるたびにメールを無視して、あの家に行かなかったことがある。だが、その間、男は怒るでもなく諦めるでもなく、ただひたすら真摯に、彼女に連絡を取っていた。それも、彼女の体調や彼女の夢を気遣うような、礼儀をわきまえた、品さえ感じさせる内容の文面ばかりだった。
何度も繰り返された、詩織を労る文面と、
詩織が欲しい物を共に手に入れようという、表面上は紳士的な提案。
たった一度、その言葉に振り返っただけなのに、
もう、どちらが前なのか分からなくなってしまった。
方向を、見失っていた。
その頃、詩織は自分のピアノが欲しかった。自分のピアノと防音室のある住居を求めていた。
実家には子供の頃から弾いていたエレクトーンがあったが、実家暮らしを選択して保育士の資格を取った姉が使っていた。
両親に上京したいと相談した時に、母親が「沙織はうちに残ってくれるのに、貴方は東京じゃないと駄目なの?」と口にしたことが忘れられない。寡黙な父と明るい母の悲しげな顔を見て、詩織は「エレクトーンを持って行きたい」とは口に出せなかった。
音楽大学を出てピアニストとして仕事をしようと思っても、名前の売れていない駆け出しの彼女には、世間の風当たりは冷たかった。結婚式場での伴奏、コンサートへの出演…、声をかけてもらった現場には必ず駆けつけ、名刺を渡して、お礼状も送った。それでも、なかなか次の仕事に繋がることは少なかった。
そんな時、彼女に声をかけたのは音大の先輩だった。
「詩織ちゃん、スタイルもいいし、顔も綺麗だもん。美術モデルだったら、顔バレもNG出せるし、割もいいよ?」
その言葉に、彼女は、紹介されたモデル事務所に登録し、その仕事の一つで、槙野と出会った。