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フルカラーの愛で縛って
第3章 絵
槙野は、日本でこそ一部のアートファンにしか知られてない画家だが、海外(特にフランスとスペイン)では熱狂的なファンを多く抱える売れっ子だった。詩織が登録しているモデル事務所からも何人もの女性が派遣され、着衣、半裸、ヌード、パーツ(手や指などのみ)、あらゆる種類の絵が生み落とされていた。
詩織が始めて彼の家に訪れた時、彼女が求められたことは、ただソファに座って本を読むことだった。読んでいるだけで良いと言われ、その場で借りた推理小説に没頭していたら、いつの間にか初仕事が終わっていた。
デッサンが終わっても犯人が分からなかった詩織は、その本を借りて槙野の家を後にした。
それから3日後、槙野から再びオファーがあった。
借りていた本を返す詩織に、槙野は別の推理小説を貸し出した。
そんな日々が2週間ほど続いた頃、モデル事務所を紹介してくれた先輩と話をする機会があった。
「あの槙野征ニにアンコール貰えるなんて、詩織は、やっぱり凄いよ」
その頃の詩織は、何の疑いもなく、言われた言葉を、心の底から喜んでいた。
* *
「・・・・・・」
その夜も、槙野からは1通のメールが届いた。「待っているよ」という、そのメールに「はい」と短く返信をして、詩織はマンションの窓ガラスから外を見る。
そういえば、朝のニュースで、日付が変わる頃に雷雨が来ると言っていた気がする。
空の奥がもどかしげに明滅している。
持っていたスマートフォンをベッドの上に滑り落とし、詩織はぼんやりとした表情のまま、寝室を出た。
雷は思いの外(ほか)早く近づいているらしい。
台所の曇りガラスが時に仄白く光り、うっすらと視界を照らしている。
短い廊下を進み、襖を横へ滑らせた。
狭い和室に、黒い小さなピアノが置かれていた。
再び窓の外が光り、部屋全体がバッと白い光に晒される。
重く低い雷鳴が防音のはずの部屋にも潜り込んでくる。
カメラのネガフィルムを反転したような白黒の景色に一つ瞬き、詩織は不意にこみ上げた嗚咽に口元を押さえ、壁に寄りかかりながら崩れ落ちた。
自分が、
求めるもののために、
純潔を売り渡したことを、
改めて感じて、ただ、泣いた。