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フルカラーの愛で縛って
第4章 音
* * *
2階の踊り場で、詩織は一息つくために足を止めた。
時折ゆるく拭く風が、首筋にうっすら浮かぶ汗を気だるげに撫でている。階段を降り切れば、ビルの裏手にある小さな路地裏に繋がり、大通りに戻るにはL字に建物を回りこむ必要があった。
その路地裏には自販機と喫煙用の灰皿があり、階段の下の空間にはゴミ置き場も併設されている。
上から覗き込むと、照明が切れかけて何度か点滅する自販機のパネルが見えた。その斜め前、大通りへの曲がり角には小さな街灯があるが、照らされている範囲に、特に気になるものは見えない。
小さく溜息をついて、詩織は国崎の先ほどの眼差しを思い出す。
何故、こちらを通れと言ったのか、その真意は確認できなかったものの、脳裏に一瞬、あの男のことがよぎったのは確かだった。
1年半前―――。
槙野に契約終了を告げた後、詩織は疲れた身体を引きずって家に帰った。
1週間後、スマートフォンに届いたメールには「最後のギャラを渡すから、×日に、うちに来れないか」と提案が書かれていた。
詩織は、モデル事務所を辞めてから、槙野の仕事を直接受けることになった際、「自分の銀行口座を男に明かさずに仕事をしたい」と男に申し出ており、男も、それで構わないと言ってくれたため、ギャランティは"次の仕事の日に、前回分をもらう"という形式を取っていた(最も、男にとっても、その方法は、次に会うための繋がりを作れるという点で、都合良かったのだろう)。
あの日…、唐突に訪れた終幕といえども、あの日が最後だったのだから、そこでギャランティを貰っておけば良かったのだ。
ぐったりしていたからだと分かっていても後悔は沸き起こった。
仕方なく、重い気持ちのままに、詩織は、男の提案を飲んだ。