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フルカラーの愛で縛って
第4章 音
数日後、あの白と黒の騙し絵のような家の前に、詩織は立っていた。季節は冬だった。彼女はベージュのロングコートを来て、その中にモスグリーンの長袖のワンピースを着ていた。
男は指定の時刻に扉を開ける。宵闇が迫っていた。薄暗くなる周囲の空気から逃れるように、彼女は、男の家の中に足を踏み入れた。
リビングには真新しい大きなテーブルが搬入されていた。相変わらず、金銭感覚の狂った様子が伺えた。
ただギャランティだけを貰って帰ろうとした詩織を、男は呼び止めた。
「最後の晩餐を楽しまないか」という言葉に、詩織は鞄の中に入れてきた"保険"を使う時が来たと悟った。断ることが出来るようにも見えた誘いを(危険を回避する意味も込めて)、詩織は断らずに、そのテーブルに腰を降ろした。
テーブルの上に並んでいたのは、サラダ、ローストチキン、スライスしたバケット、チーズだった。
更に、男は赤ワインのボトルを持ってきた。互いのグラスに注がれた赤いワインは、以前、詩織の身体に注がれた赤い液体を彷彿とさせた。
2人で食事を取る間、男は終始穏やかで上機嫌だった。詩織の写真をつかった新しいスタイルの写真集は順調に製作が進んでいるらしい。タイトルも決まり、掲載する写真も決まったそうだが、詩織が嫌がっていた2点は忠実に守ると告げてきた。"モデルとして、詩織の名前を出さないこと"と"詩織の顔が正面からハッキリ分からないように加工する(或いは横顔だけにする)"という2点だ。
男は「モデルの名前は"アゲハ"にした」と告げた。まるで蜘蛛のような、この男の粘糸(ねんし)に捕われてきた自分には格好の名前だ、と詩織は考えた。