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フルカラーの愛で縛って
第4章 音
* * *
「庵原」
濡れた手をタオルで拭いていた庵原は、名前を呼ばれて振り返った。
庵原が『Dance』に来たのは4年前。10年以上、このカウンターで働いている国崎は明らかに先輩だ。年齢も、38歳の国崎に対して、庵原は35歳で、『Dance』のバーテンダー3名の中では一番若い。
にも関わらず、彼は無言でチーフである国崎を見て、続きを促すように眉だけ持ち上げる。
「吸い殻、捨ててこい」
「は? あんた何言ってんだよ」
「今、だ」
庵原の態度も返答も気にも留めず、国崎は一言告げてから時計を見た。
「頼んだ」
そこまで告げれば、あとはさっさと自分のカウンター業務に戻ってしまう。
庵原は顔を戻してフロア全体を見渡した。客の数は9人。まだ23時前だ。BARの閉店まで2時間以上もあり、これから客が来る可能性も考えられる。酒を作れる人間を一人にして客を捌けるのか、そう考えるも、その自信が無かったら、こんな頓狂な指示を出してくるはずも無いと気付く。
庵原は舌打ちしてから身体をかがめてカウンター下の端の扉をスライドし、中から銀色のバケツを取り出した。匂いに配慮して新聞紙をかけてある、そのバケツの取っ手を手にすると、営業中には絶対に行わない作業のために国崎の後ろを通ってカウンターから出る。
フロア端で全体を見渡していた望月が、その様子に目を丸くしているが仕方ない。
苛立ちを無表情の中に隠して、庵原はエレベータのボタンを押した。