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フルカラーの愛で縛って
第6章 命
* * *
それから、詩織は時折、庵原の家に帰宅するようになった。
庵原が、たまに自分の家に来れば良いと提案したのがきっかけだった。
槙野との関係で手に入れたマンションからの引っ越しを考え、ピアノ講師の仕事を始めようと考えたが、別の部屋に住み始めたら、槙野との繋がりは大きく断たれる。
そんな気がして、何故か詩織は迷っていた。
短い廊下と防音室、そして小さな黒いピアノが置いてある、あの空間は、詩織にとって、槙野との契約の名残だった。
あれほど逃げ出したかった男の死に、漠然とした喪失感が、彼女の決断を鈍らせていた。
そうして、”何か”の延長を続けていた彼女にも、きっかけは訪れる―――。
上着を1枚羽織りたくなるような、寒い日だった。
駅からマンションまでの道のりを歩く彼女の目の前に、黄色く枯れた木の葉がひらりと舞い落ちる。
まるで自分の胸元に飛び込んでくるような、その葉の動きに微笑みながら、詩織は目的のマンションついて一度顔を上げた。
今日は庵原はオフだ。
5階の部屋に灯りが灯っているのが、カーテン越しに薄っすら見えた。
既に頭上に昇った秋の月は、今日も優しく穏やかに街を照らして見える。
("Autumn Leaves"も、弾きたいな)
秋の物悲しさを綴るスタンダードジャズを思い出しながら、詩織はマンションの入り口を抜けて、エレベータホールに向かった。