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フルカラーの愛で縛って
第7章 愛
■愛■
『最愛なるアゲハへ
初めて君と出逢った頃、僕は何の役目も持たない、単なる画家だった。
僕は膨大な数の絵を描き、作品を創り、発表してきた。
だからこそ、自分が「何者にもなりえない」ことに気付いていた。
君は知らなかっただろうけれど、僕は描くほどに自分の無力に気付き、時間を消費するごとに枯渇していくのを感じていた。まるで穴のあいた砂時計のように、僕の中身は失われ続け、そのうちに空っぽの器だけが残るのだろうと、そんな予感さえしていた。
君は、そんな乾いた僕の前に、偶然舞い降りた蝶だった。
美しく可憐で、純粋でもあり、それでいて目が眩むような色香があった。
初めて君を描いた時、僕は自分の破滅的に凶悪な筆を呪い、筆を折ろうかと何度も考えた。
どんなに輪郭を捉えようとしても、どんなに美しい色を創ろうとしても、本物の君を超えることが出来なかったからだ。
それでも描き続けていた僕は、結局、君を諦められなかった哀れな男なんだろう。
あるいは、ともすれば、僕は君を縫い止めたかったのかもしれない。
存在そのものが芸術になりえる君を、標本箱に入れた標本にして、あるいはトルマリン液に漬けた剥製にしてでも、自分のものにしたかったのかもしれない。
もちろん。
そんなことをして君の時間を止めれば、その輝きが消えてしまうことは、分かっていたにもかかわらず、だ。