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曖昧なままに
第10章 密かに去って
「ちょっと、勝手に――」

「いいじゃないですか」

 写真を取り返そうとする俺の手を躱して、奈央はクルリと背を向ける。そうして写真を見た後、何やら怪しげな視線を俺に送った。

「何……?」

「いえ、中崎さんって……こういう趣味だったのかと思って? 男の写真なんか、しげしげと眺めちゃってさ」

「ば、馬鹿! そんな訳あるか!」

「あはは。そんな剥きにならないで。却って怪しいですよ。ほんの冗談なのに」

「わかってるよ」

 まだ笑っている奈央から写真を受け取り、俺はぶすっとしてそれをポケットに仕舞う。

 すると少し間を置いて、奈央は意外なことを口にした。

「その人って――中崎さんの兄弟?」

「いや、違うけど。――何で?」

「何処となく似てます。影を引きずるような雰囲気とか」

「影を引きずるって……イメージ悪いな」

「そうでもないですよ。つまり、私のタイプってことですから」

「そりゃ、どうも」

 俺は呆れ顔で、奈央のからかいに応じる。

 しかし、似てるのか? 自分では、その自覚は全くないが。

「ホントに誰の写真ですか。兄弟でなければ、親戚とか?」

「他人だよ。拾ったんだ」

「ふーん」

 誰かも知らない写真について、それ以上話すことなどあるまい。俺はそこで、その話を切り上げた。

 だが正直に言えば、気にはなっている。愛美が所持していた写真の人物が、俺に似ているとしたら。否、それは奈央個人の主観であるし、俺が持っていたからそう感じたに過ぎないとは思うが……。

「それよりも――さ」

 急に声のトーンを変え、俺を上目使いに見つめている奈央。

「ん?」

「近い内に一度……ちゃんと話したいかな、って」

「あ、ああ……」

 旅行中には、あんなことになった俺たち。しかしそこには、特殊な環境での勢いと予期せぬアクシデントが、影響を及ぼしているのも確かだ。だから奈央はその辺りを『ちゃんと』したいと言っている。

「!」

 その時、数名の社員たちが前を通りかかり、俺と奈央は素知らぬ顔で互いに背を向けた。こんな小さな会社に在っては、妙な噂が立てばそれは瞬く間に広がってしまう。俺も彼女も、その辺りのことは承知している。

 人気が無くなるのを待ち、俺は小声で言う。

「また、メールするよ」

「うん」

 奈央は頷いて、その場から立ち去って行った。
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