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曖昧なままに
第11章 遠くを訪ね
 やや間があった後、愛美の母親は当然の疑問を口にする。

「それで……貴方はどの様なご用件で、こちらに?」

「はい。実は私……故あって愛美さんの財布を、お預かりしているのですが……。私はそれを彼女に、返せずにおりまして……。ある時期を境に、彼女が私の前から姿を消してしまったものですから」

「そう……でしたか」

「これが、その財布です」

 俺は愛美の財布を取り出し、母親に見せる。

「宜しければ、これを――お母さんから愛美さんに、渡していただけたらと思いまして」

 俺からすれば、それは本題ではないのだが。当然ながら、財布は愛美に返すべきだ。しかし俺が差し出す財布を、母親は受け取ろうとはしない。

「それは、わざわざご足労をおかけしました。ですが、それを私が預かることはできません。愛美とは三年一度、顔を合わせたきり。恐らくはもう、私に会うつもりはないでしょう……」

「それは……何故、でしょうか?」

「私があの娘の人生を……狂わせてしまっているから」

「……」

「中崎さんは先程、愛美の恋人ではない、とそう仰いました。ですがそれは、愛美の方に問題があったからでは御座いませんか?」

「そ、そんなことは……。ですが、彼女に出会った当初……私にそういう気持ちが、生じていたのは事実です」

 何となく真実に近づける気がして、俺は自分の気持ちを正直に明かしていた。

「そうですか……。それでしたら、貴方の前から姿を消したのも……何となくですが、私には承知できます。愛美はきっと今も……もがくようにして、生きているのでしょう」

「……」

 一体、どんな事情があるというのか? それを知りたいと思った俺だが、どう訊ねていいものか迷う。だがふと思いつくことがあり、改めてこんな話を切り出す。

「私がこちらをお訪ねできたのは、愛美さんの財布の中に、コレが入っていたからなのですが……。ここにこちらの住所が、記されておりまして」

 そう言って、財布から取り出したのは例の写真。俺はこの家の住所が記された裏面を上にして、それを母親の前に差し出した。

「はあ……そうでしたか」

 母親はそれを何気に手に取り、そして裏返すと写真に写る男を目にする。

「――!?」

 その瞬間、それまでの落ち着いた様子は一変。母親の表情は、その驚きを隠さなかった。
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