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曖昧なままに
第4章 飲み潰れた後
 西河奈央――そう名乗った彼女は、そう言って愛想良く笑っていた。

 淡い茶色の綺麗に伸びた長い髪。それを掻き上げて見せた笑顔は、きっちりと隙のないメークで彩られている。まあ、美人と断ずることに異論はなさそうだ。

 この会社に若い女子社員は珍しい。この雰囲気だと、恐らくは現場勤務ではあるまい。そう言えば少し前に、事務員を募集していたっけ。

 余談ではあるが、前に居た事務員の娘は、営業部長との不倫がバレて退社したという噂だ。つまり彼女はその後釜ということ。まあどの道、俺との接点は薄い。

 俺は一度だけ酌を受けると、その後は特に気にかけることもしなかった。

 しかし、それから小一時間ほど経った頃である。宴も酣と言うべきか、いよいよ性質の悪い酔っ払いたちがその本性を顕わにする。

 その中の一人である生産課の部長様が、西河奈央の隣に座ると酔いに任せて絡み始めた。頻りに酒を進めつつ肩を抱き、こんなどうしようもない会話を展開させる。

「キミ、キノコ好き?」

「あ、はい。ヘルシーですし……好きかな」

「だったらさ、俺のキノコ試してみる? なんてな――ワッハハ!」

「は? あは……あはは……」

 彼女の苦笑いが引きつっていた。無理もないことだと思う。

 世間ではセクハラだのパワハラだのと騒がれて久しいが、少なくとも小さな組織の中では今でもこんなことは日常茶飯事なのだ。実際に法を盾に訴えて出る、そんなケースは皆無と言っていい。

 上手くかわす方法を覚えるか、それでも我慢できなければ、会社を辞めることを選ぶ場合さえある。

 そんな認識がありながらも、だが流石に目に余る思いがしていた。

「おっと」

 そう言うが先か否か。俺はなみなみと酒の注がれたグラスを、勢いよく前方に倒す。テーブルに広がった酒が、向いの席の端から零れ部長の太ももを濡らした。

「ああっ! 冷めてぇな!」

「私――拭くものを借りてきます」

 慌てる部長の傍らをスルリと抜け、西河奈央は逃げるように席を立って行く。

 すっかり不機嫌となってしまった部長に、俺は繰り返し頭を下げた。部長はグチグチとした小言を残し、しらけたとばかりにその席を離れる。

 やれやれと一息ついていると、今度は俺の隣にスッと誰かが座った。


「あの――さっきはどうも」

 そう言って頭を下げた、西河奈央である。
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