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曖昧なままに
第4章 飲み潰れた後
 彼女が肩を並べるように座った瞬間、ふわっとしたいい香りが漂う。不意の接近に戸惑を覚えながら、それでも俺は平静を装った。

「別に――わざとやった訳じゃないよ」

 酒を零したのが、故意でないことを告げる。事実は違うが些末なことなので、礼を言われるのも気が引けた。

 すると、奈央は俺の顔をまじまじと眺め――

「ふーん」

 と、意味ありげな笑みを浮かべる。

 何だ? その顔の真意はわからない。只、何となく居心地が悪い気になり、俺は話を逸らした。

「とにかく、大変だったね。あの部長も仕事では、真面目なんだけど」

「本当ですかぁ? マジでムカつきましたよ。あのままだったら、たぶん殴ってたかも」

 奈央は頬を膨らませて、怒りを顕わにする。だがすぐに表情を緩めると、ため息交じりにこう話した。

「そんなことしたら一大事ですよねー。だからそんな意味でも、中崎さんのお蔭で助かりました」

「それはいいって――あれ、名前言ったかな?」

「知ってましたよ。この会社の中では、少し影のある様子のいい人だなって、私チェックしてましたから」

 そう言って、パチッと軽いウインクを見せる奈央。正直ドキッとはした。だが一方でその態度にあざとさを感じて、俺は予防線を張る。

「単に暗いだけさ。ホラ、あの辺に若い連中もいるから、話して来たら?」

 俺はそう言いつつ、若手社員の集まるテーブルを指差した。

「ああ、私って年下に興味ないんですよねー。こう見えて結構、年食ってるし」

「いくつなの?」

「26です」

 十分若いだろ、と思いつつ口には出さなかった。

 そう言われれば、割とサバサバした雰囲気でありながらも、何処となく大人の色香を匂わせている。俺は自然と愛美と比較し、そんな感想を抱く。

「それに、バツイチだし……」

「へえ、奇遇だね。俺もバツイチ」

「あ、やっぱり」

 何が「やっぱり」なのかは不明だが、その共通項を得て奈央は表情を輝かせた。そんなこともあり、暫し話していると――

「あの――良かったら抜け出しませんか。落ち着いた場所で、飲み直しましょうよ」

 俺の耳元で、不意に奈央がそう囁いた。

 突如として訪れた出来過ぎた展開。思いの外酒に酔い、俺の気持ちが揺らぐ。

 携帯がそのメールを受信したのは、そんなタイミングだった。


『連絡、待っていますよ』
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