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曖昧なままに
第7章 ディープな日
 そんなことを繰り返す内に、難しく考えることは減っていったのだと思う。俺が愛美を突き放すことは、もう不可能である。先にその結論がある以上、悩むだけ徒労なのだ。

 そして彼女は以前、こうも言っている。


『全てに応えられる時も来ると思います』


 時を経て二人の関係も、変わるのかもしれない。そんな期待を抱かせる言葉が、密かな心の拠り所となっていた。

 そして最初の変化の兆候は、思ったよりも早く訪れる。決して大きな変化ではなくとも、愛美の新たな一面を目の当たりにしたのは確か。

 それは二月中旬。会社に於ける西河奈央との会話が、その発端となる。


「中崎係長」

 喫煙所で一服していると、歩み寄って来た奈央。俺はその姿を目にして、つい身構えてしまった。

「あの――何か用?」

「用もなく、話しかけちゃいけません?」

「そ……そうじゃないが」

 口籠る俺を眺め、奈央はふっと軽いため息をつく。

「来月の慰安旅行。私、その出欠を伺ってまして」

「ああ、そうか」

 その要件を聞き、俺はホッとしていた。その内心を、見透かされたのだろうか。奈央は突然、こう切り出す。

「で――何で私の事を、避けるんですか?」

「べ、別に……」

 年始に奈央と飲みに行って以来、俺に気まずい想いが残っているのは確かだ。有耶無耶にしたくはなかったが、改めて話そうとすればそれも妙なもの。

「色々と、思う処があってさ。不愉快な想いをさせたのなら、それはゴメン」

「私みたいな女に言い寄られて――迷惑?」

「ち、違うんだ。キミはモテそうだし、俺なんか相手にしなくても……そんな気がして」

 狼狽えた俺がそう話すのを聞き、奈央は何故か吹き出す。

「プッ、フフフ――な、中崎さんって、心底マイナス思考な人ですね」

「それは、抗弁できないよ」

「じゃあ、私の事――怒ってる訳じゃないの?」

「まさか」

「良かった。私も反省してたんですよ。行き成り過ぎたのかなって」

 奈央はそう言うと、右手に下げていた紙袋から洒落た小箱を取り出し、それを俺に差し出した。

「何?」

「アハハ、その顔だと本気でピンときてないみたい。じゃあ、教えてあげなくちゃ。本日は、バレンタインデーですよ」

「あ」

「とりあえずコレ――仲直りの意味で」

 そうして、俺は奈央からチョコを受け取っていた。
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