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曖昧なままに
第7章 ディープな日
 その夜の午後十時前、会社から戻り部屋でテレビを見てくつろいでいた時。

 ピンポーン――!

 来たか……。そのインターホンの音色を耳にして、俺は彼女の訪れを確信する。

「突然ですみません。今、いいですか?」

「ああ。入って」

 と、俺は愛美を部屋に通した。

 もちろん文句を言うつもりなどないが、それにしても最近の愛美はかなり神出鬼没である。この間アパートの前で待っていた時もそうだが、今回も特に連絡は受けていない。俺の虚を突くことで、それをまた愉しんでいるのかと疑いたくもなる。

 しかし、今日に限っては想定内だ。愛美が来た理由は知れている。それは、バレンタインデーという、イベントの消化がその目的。彼女の『恋愛ごっこ』の一環と言えよう。

 暫しコタツにて雑談していると、愛美がその本題を口にした。

「今日、私が来た理由――わかりますか?」

「まあ、それとなく――ね」

「フフ――男の人も割と、意識しているのですね」

 そう言って微笑する愛美。まるで期待していたと思われたとしたら、それは些か心外である。

「意識してた訳じゃないさ。たまたま会社でチョコ貰った時に、ああそう言えば――って思い出した程度だから」

 そんな些細な誤解を正す為に話したことが、状況を予期せぬ方向に転ばせてゆく。

「ふーん……洋人さん。チョコを貰ったんですか?」

 その時、不意な真顔を向ける愛美。

「ああ……もちろん、義理的なヤツだけど」

「良かったらソレ――見せていただけませんか?」

「職場のオバサンたちに、貰った物だよ?」

「お願いします」

「まあ、いいけど……」

 何となく逆らえない空気を察し、俺は棚の上に於いていた紙袋を愛美に差し出す。愛美はその中に入っている三種類のチョコの包みを取り出し、それらをまじまじと眺めた。

 何故そこに興味を引かれたのか、と不思議にその行動を見守る俺。確かにその内の一つは『職場のオバサン』ではなく、西河奈央がくれたものではある。

 しかしそれも、義理チョコの範疇は出ない筈。大体、愛美がそんなことを気にかけるなんて、思いもしないことであった。

 すると愛美はその中の一つを手に取り、それを俺に見せて言う。

「コレ――他のとは、少し趣が違っているような気がします」

 愛美が手にしているのは、奈央に貰ったチョコだった。
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