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曖昧なままに
第7章 ディープな日
 そうと確信しながらも、俺はとても不可思議な想いである。若い女性からチョコを貰ったのは事実だが、それが愛美の気分を害するに値することだろうか。

 しかも彼女は、それすら正確に認識している訳でもなかった。

 もちろん西河奈央との間には、何もないとは言えない。だからこそ俺は、咄嗟に誤魔化すような態度を取ってしまっている。

 そこに少なからず罪がある、として。だがそれに対する責めを負うのであれば前提として、俺と愛美の間に恋愛関係が成立している必要があるのではないか。


「ま、愛美……もう、いい」

 執拗に齎し続ける愛美に、思わず俺は音を上げる。正直に言えば、甘味はあまり得意ではなかった。

「まだ、ですよ」

 溶けたチョコで、ベトベトに汚れた口元。そこに笑みを携えながら、愛美は言う。

「私から、洋人さんへのチョコ……全て、食していただきます」

 だが本来それは、奈央がくれたもの。それをまた一つ自らの口に含み、そして俺の唇を塞ぎ捻じ込む。

 絡み合う舌が、温度を急激に上昇させゆく感覚。一つのソレを二つの口が、同時に交わり味わい尽くしてゆく。

 食するというその行為の共有は、二人の境界を削ぎ取るようでもあり。語り尽くせぬまでに、淫らなのだと思えた。

「んん……ぐっ……」

 コク――。

 興奮と悶絶の狭間。ついに俺の喉が、『愛美のチョコ』を全て飲み下す。それを終えた時、俺は微かにわかった気がしていた。

 俺と愛美は恋人同士ではない。だから彼女が示した独占欲が、嫉妬に端を発する訳もないのだ。

 愛美が一方的に快楽を与える、現在の関係。客観的な視点に晒せば、それはあまりにも都合の良い話として断ずることもできよう。しかしだからこそ、恐ろしくもあると考えるべきであった。

 その関係の中で溺れる俺は、恐らく既に愛美の『所有物』。不意に俺は、その様に考えてしまった。


「さあ――次はベッドで」

 その言葉を以て、この夜も開始されようとしている、愛美からの施し。

「今夜は全て――私の言う通りにしてください」

「え……?」

「いいですか」

 澄まし顔で、そう念を押され――

「わ、わかった……」

 一抹の不安を覚えつつ、俺はそれを了承する。

 そして、俺の考えを裏付けるかのようにして――。

 今宵の愛美は、その本性の段階(ギア)を上げた。
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