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曖昧なままに
第8章 相和する時
 乱雑に折り重ねられた布団の中。仰向けに寝ている奈央の両腕が、俺の首を引き寄せていた。

「ちょっと……」

 頭部の布団の隙間から差し込む、部屋の灯り。それが奈央の表情を艶めかしく、目の前に示している。彼女の力に逆らって肘を立てると、何とか距離を保とうとする俺。それでも二人の顔は、互いの吐息を感じるまでに近い。

 戸惑う俺の顔を見据えて、くすっと笑みを携える口元。

「びっくりしましたね」

「ああ……急に来るから、焦ったよ」

「フフ――中崎さん。心臓の音――凄い」

 バクバクとした俺の鼓動が、密着している二人の身体を介して伝わったようだ。だがその要因は、既に先程のアクシデントによるものとは違っている。

 俺の胸板でじわりと潰された、奈央の豊満な弾力。それが拍車をかけての、結果であった。

「中崎さんは、いつも助けてくれる」

「そんな大層なこと、何一つしてない。俺は無様なりに、その場を取り繕っただけだ」

「あはは――その言い方。どうしようも無いくらい、中崎さん――だね」

「単なる性分さ」

「でも、私ね……そんな人が……好きなの」

「……」

 ゆっくりと囁かれた言葉。生み出された新たな空気。揺れてざわめく心の衝動を、俺は辛うじて諌める。

「そろそろ、放してくれないか」

「嫌……」

 しかし奈央はそれを許さずに、俺を引き寄せる力を更に強めた。

「中崎さんが、迷ってるの――知ってるよ。だけど今は、見ない振りするの。だって私、もう止まれないもん。中崎さんは……止まるの?」

 奈央はそう言って、その瞳を閉じる。

 二人の力の均衡が微妙に崩れ、徐々に接近しゆく――唇。

「……」

 その刹那――俺の葛藤の中心に、愛美が居たのは間違いない。否、この時ばかりではなく、それは常に心に存在していた。だが仮に俺が満たされていたのなら、今の状況は恐らく訪れてはいまい。

 奈央は男としての俺を、求めんとしていた。しかし、愛美は……。

 唇が触れ合う寸前――俺はそっと身体を離した。

「――?」

 奈央は瞳を開き、俺の顔を見つめている。

 その顔に失望が浮かぶ前に――俺は言った。

「鍵……かけてくるよ」

 立ち上がり部屋の出入口へ。扉の前に立つと、俺はそれを施錠する。

 カチャ――。

 音の響きの瞬間――。俺の心の揺らぎが、停止していた。
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