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曖昧なままに
第9章 乗り移りし妹
 もちろん失念してはいないが、俺に油断があったことは確かだった。この日の俺の目的は愛美と話し合うことであり、その旨はメールで彼女にも伝えている。

 しかし今目の前にいるのは、俺の妹のアイナだ。否、自分でも馬鹿なことを言ってる自覚はある。だからこそ、まずそこを改めねばならない。

「どうしたの、黙っちゃってさ……一体、どんな話なの?」

「その前に――愛美に戻ってくれない」

「だから、愛美って誰なの? 私は愛菜。話なら、私にすればいいでしょ」

「……」

 アイナに成り切っている彼女は、想像以上に堅固だ。

 俺としては当然ながら、愛美として話を聞いてほしいのだが。彼女はアイナとして、そうすることを譲ろうとはしない。何度か同様のやり取りを重ねたが、一向に埒が明かなかった。

 ああ、わかった。じゃあ、敢えて乗ってやろう!

 いい加減に堪り兼ねた俺は、そのまま『アイナの兄』として、話の本題を切り出すことを決意する。半分は自棄気味であり、半分は呆れ果ててはいたが。

 話をすることには変わりない、と開き直ったのだ。

「じゃあ、アイナ。お兄ちゃんの話――聞いてくれるか」

「うん。いいよ」

 自分で『お兄ちゃん』とか……。俺は折れそうになる心を、何とか奮い立たせ話を続ける。

「お兄ちゃんに、もし彼女ができたとしたら――アイナはどう思う?」

「えっ、お兄ちゃんに……彼女が!?」

 と、驚きを顕わにするアイナ。

「いや……何と言うか」

「なによ。はっきり言えばっ!」

「彼女になる前に……関係をもってしまった……女(ひと)がいるんだ」

「お兄ちゃん……それって、つまりその女と――」

 俯いたアイナは不穏な空気を漂わせ、赤裸々に問い正す。

「エッチなことを……したの?」

「ああ……。面目ないことに、そうなってしまっ――」

 パシッ! その瞬間、俺の頬をアイナの平手が打つ。

「お兄ちゃんには、愛菜がいるじゃない!」

「だって、お前は妹だし――」

 ――否、違うだろ! 何を言ってんだ俺? 既に頭は混乱を来たしている。しかし、ある意味でそれは当然の結果。アイナとその兄――との前提に倣えば、話を進めるほど食い違いが生じてしまう。

 俺がそんな当然のことに、気がついた時。

「バカ……最低……」

 アイナの瞳から、ポロポロと涙が溢れていた。
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