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第16章 35

私はそんな彼の気持ちを
ただ信じていたいと

そう思う
自分自身の気持ちと
彼のことだけを
信じていたいと
思ってしまう

それが
どんなに危険で破滅的な思考であるかも
分かっている

でもそれがいい

それしかない

せめて…
彼との時間を突然失ってしまう時が
来たとしても
後悔することのないように
彼だけを見て
彼だけを感じて
彼だけを愛していたい

失う怖さより
気持ちがすれ違うことのほうが
怖いと感じていた

お互いが些細な言葉の誤解を
招き傷つくことのないように
言葉を選び考え
そして伝える

「思いやりってやつだな…
俺…それをあんまり知らなかった…」
彼がいつか言っていた

「ね…私もだよ…」
きっと私も彼も
似た者同士

心はいつも孤独で
でもそれを悟られたくなくて
平常心を保っているかのように振る舞い
やがて
本当の自分さえ見失い
もがき苦しむ

吐き気がするほどもがき苦しむ自分の姿に
蓋をして
鉛のように重苦しい鎧を着て自分を隠してしまう

出逢ってから二年を過ぎた頃から
「疲れた…」
「風邪かも…」
「胃が痛い…」
彼が体調の変化を時折
少しずつ私に伝えるようになった

「今まで言わないで我慢してたの?」
そう聞いた私に

「弱った姿を見せるなんて
誰にもできなかったんだ
したくないと思ってきた…」
と彼が言っていた

そんなにも彼は自分自身を
閉じ込めてしまっているんだと
このままではいけないと
感じた

「ね…私も一度には無理だと思うけど
一緒に少しずつ
蓋をあけて
鎧を脱いでいこ…
涼は男だし外ではそうはいかないと思うけど
私の前では全部出して…
きっとそれが私の心の安心にも繋がると思う…」

そんな話をしたことも
忘れかけた頃に
変化に気付くようになった

体調が悪いとき
仕事でトラブルがあったとき
なんとなく甘えたい気分のとき

彼が口に出さなくとも
その話し方や表情で分かってしまう

そんなとき彼は私の身体を強く抱き寄せ
眠りについたり
ただ顔を埋めている

私はそんな彼を黙ったまま
受け入れる

「美沙はすごいな…
俺のこと誰よりも…いや俺よりも…
間違いなく母親よりも理解してるな」
そう言って微笑む彼の顔を見つめて
私も微笑む…

「美沙…何思い出し笑いしてるの?」










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