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35
第16章 35
「美沙…美沙っ…」
彼に揺すり起こされ目を覚ます
「…ん?」
寝ぼけ眼で彼を見ると
驚いた顔で私を覗きこむ
「あ…」
私は眠ったまま泣いていた
「お前…大丈夫か?」
「ん…夢見てたから…忘れちゃったけど…」
私は笑ってそう伝えると
バスルームに向かった
シャワーを浴びながらお湯を張り
ゆっくりと身を沈める
謙さんの夢見ちゃった…
いつも最後は同じ
その前は覚えていない
あの最後の日
謙さんはなんとも言えない悲しい顔で
微笑みながら手を振っていた…
あの顔が忘れられなくて
思い出すたび苦しくて
夫に逃げ込んで甘えていた
淡い甘い思い出を
思い出すこともなくなるくらい
月日がたっても
それだけが忘れられなかった
それで良かったんだと
いつも自分に言い聞かせていた
今…
涼を想い涼の隣で何故
急に謙さんの夢を見たんだろう…
ぼんやり考えながらバスルームを出ると
「遅いっ」
と彼が笑った
「んーまだ目が覚めなくて…」
私はベッドに潜り込んで
彼に抱きつく
「美沙…」
彼は私を呼ぶと
両手を広げ胸の中へ私を誘う
「あったかいね…」
私は彼の胸にキスをして
頬をつけた
涼…
私ね
離れないよ…まだ
離れられないよ…
涼が私を必要な限りは
私をこうしていてね…
それでいいって
それだけでいいって
やっぱり思ってしまうから…
心の中でそう呟いていた
朝食を済ませ父の通院のために一度自宅に戻った
母と父を車に乗せ
心臓の病院と
脳外科へ向かう
「あぁ…病院は長いから嫌なんだよなぁ…」
父は朝から饒舌だった
「ホルモンたまには食いたいな!」
「帰りに寿司食いたいなぁ」
「日帰り温泉はいりてぇなぁ」
自分の欲求だけを
大きなひとりごとのようにひたすら続ける父に
小さなため息が漏れてしまう
母も同じだった
病気のせいなら仕方ない
でも
もともとの性格と歩んできた人生がそうではないことを
教えてくれる
「食うことしか楽しみがないよ全く…」
そう言った父に
「仕方がないよ…他の楽しみは今まで全部
やってきてしまったんだから…」
吐き捨てるように口から出てしまう
父はそんなときは決まって聞こえないふりをする