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第10章 結婚生活
「何かのときにあって困るものじゃないから
貯金にまわしなさい」
「安かろう悪かろうではなく
長く使える良いものを身に付けるように」
謙さんは言っていた
私は引っ越しの前日に
謙さんがプレゼントしてくれた
バックやアクセサリーを全て処分した
謙さんと決別するためには
ひとつも残してはいけないと思った
携帯電話も解約した
何があっても
連絡はしないと
決心していた
一人の時間が重なるほど
謙さんを思い出してしまうことが多くて
耐えられなくなっていた
彼と穏やかに暮らしている
そんな中で謙さんを思い出してしまう
自分自身が許せなかった
そんな日は必ず私は彼のことを求めていた
彼に抱かれては
自分に言い聞かせていた
優しくて
穏やかで
いつも一緒にいてくれる
それで充分なんだからと…
資格が取得できるとパートをはじめた
時給は820円
週に5日8時半から17時
肉体的にも精神的にも
決して楽ではなかったけど日々充実していた
ある日休憩中に携帯電話に
母から着信と留守番電話が入っていた
「お父さんがね…脳梗塞で運ばれたの…」
途中で途切れた言葉がひっかかり
母に電話をする
「検査してるけど命に別状はないだろうって…
病院はね…」
「あのさ…私仕事だから行けないから…」
命に別状はないのなら
行く必要はないと
そう思っていた
私はこの人たちが死んだら
泣くのだろうかと
ぼんやり考えていた
電話を切るとき母が申し訳なさそうに
「入院費…どうしよう…」
と言っていた
私は
「お父さんが自分で払ったらいいだけ」
と冷たくいい放った
翌日何も言わずに
母の口座にお金を入金した
母から着信があったけど
出なかった
私は情緒不安定になっていた
彼にはまだほとんど家族のことを話していない
知られたくないと
こんな両親は恥だと
存在を忘れたふりをしていた
だから寝付けないときも
気持ちが塞ぎこんでどうしようもないときも
夫である彼にその理由を伝えることが
なかなかできないままだった
そんな中でもいつも彼は
変わらずに私を精一杯大切にしてくれていた