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【Jazz Bar『Dance』 作品メモ】
第3章 花火の夜(短編集)
足を踏み外すと草の生えた土手を転がり落ちてしまいそうな、なんの垣根も無い道で、団体の塊の間を抜けだすと、たまらず足を止めて、屋台と屋台の間に避難する。

「すげー人だな」

「ほんと。こんなに人が多くなるなんて、思ってなかった」

そう返事をする詩織の表情は、だが明るい。

一緒に生活するようになってから、時折、思い悩むように遠くを見つめる彼女の姿を見かけることはあるが、こういう瞬間に、「詩織は、元来、人が嫌いじゃないんだろう」と庵原は感じる。

自分が『Dance』の一員になった時は、ただのバーテンとピアニストで、正直、彼女に対して特別な感情は抱いていなかった。

綺麗に着飾ったピアニスト、という印象が変化したのは、彼女の歌声を聞いた時だ。

透き通っていながら、芯のある、不思議な温もりのある声で、彼女は"愛"に関する歌を歌っていた。

幸せで満たされた歌詞のはずなのに、そこに漂う何処か儚げな空気に、いつの間にか視線を吸い寄せられたのを覚えている。

今思えば、きっと彼女は"愛"の意味を探っていたんだろうと思うけれど、あの頃の自分は、ただ、その声に引き寄せられていた。

そのうち、彼女のピアノの音色の変化にも気付くようになって―――。

「ねぇ、庵原さん」

「……、あ、あ?」

「あー、ぼーっとしてたでしょ」

「あぁ、悪い。どうした」

はっとした庵原が目を瞬かせると、その目の前で微笑む詩織が、隣の屋台を指さしている。

「ヨーヨー釣ってもいい?」

愉しげな声音が、歌うように尋ねてくる。

(今、彼女が"愛"の歌を歌ったら、どうなるんだろうな)

そんなことを考えながら、庵原は笑って頷いた。

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