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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
 吟は我が身の迂闊さを悔やんだ。いくら親しく言葉を交わしているとはいえ、相手はれきとした武士なのだ。一馬は自身の身分について詳しくは語らないが、その身なりや物腰から高禄の武士ではないかと思うときがある。そんな侍に、百姓の倅に似ているなぞと言ったものだから、一馬は気を悪くしたのではないか。
 吟は咄嗟にそう思った。
「申し訳ございません。私ったら、礼儀もわきまえず、ご無礼を申し上げてしまいました。どうか、お気を悪くなされませんように―」
 吟が懸命な面持ちで言うと、一馬は憮然とした様子で言った。
「俺は、そなたの兄などではない」
 低い声は、いかにも彼の怒りを表しているかのようである。吟は泣きたくなった。
「百姓の兄に似ているなどと、お武家さまに対して真に失礼なことを申し上げてしまいました」
 涙が溢れそうになった吟を、一馬が思いつめたような眼で見た。
「良いのだ。別に怒っているわけではない」
 だが、その声はやはりいつもの一馬とは違って、感情を抑えているような低い声だ。心なしか口調もよそよそしかった。
 一馬は都忘れをしばらくじっと見つめていたか思うと、立ち上がり、プイと踵を返した。一馬が何も言わずに怒ったように去ってゆく。吟は涙の滲んだ眼でその場に立っていた。
 その日、吟は一馬に報告したいことがあったのだ。その前日、師匠の光円に呼ばれ、そろそろ剃髪しないかと問われたのだ。
 ついに夢が叶うときがやってきた。この寺へ光円に連れられてきて以来、ひたすら光円のような徳の高い尼僧になることを夢見て辛い修行にも耐えてきた。その労苦が報われる日が来たのだ。
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