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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
 その歓びを一馬に是非話して、一緒に歓んで貰いたいと考えていたのだけれど、それは所詮甘い望みだったのかもしれない。一馬は所詮、武士であり、吟とは住む世界の違う人なのだ。その一馬に兄の面影を重ね、兄に対するような想いを寄せていたのは吟の思い上がりだったのだろう。だからこそ、一馬は、先日の吟の言葉に腹を立てたに相違ない。
 兄とも慕った一馬に嫌われたという事実は、吟を打ちのめした。だが、更に吟を絶望の底へと追いやるような事件が起きたのだ。
 剃髪しても良いとの許しを漸く得た三日後、吟は再び光円の居間に呼ばれた。
「庵主さま、お呼びでございますか」
 暦は既に皐月に入っている。光円の居間からは境内の庭が一望できる。縁側の障子はすべて開け放たれており、日中ははや夏を思わせるような陽差しが庭に降り注いでいた。
 庭の片隅に眩しい陽差しを照り返す桜の樹が見える。
「吟、そなたがこの寺へ来てから、もう何年になりますか」
 光円は庭に視線を向けたまま、吟の方は見ずに唐突に訊ねた。
「はい、五年になりまする」
 吟が控えめに応えると、光円は依然として庭を見つめたまま小さく頷いた。
「そうであったな。初めて見た折、そなたはまだ十一の童女であった」
 ふいに視線を吟に向け、光円は眼を細めた。
「ほんに美しうなった。されど、その美しさがそなたに災いをもたらそうとしている」
 光円の澄んだ眼に涙が光っているように見えたのは、気のせいであったろうか。
 実際、光円の言うとおり、吟は美しかった。白い肌に整った顔立ち、形の良い唇はまるで紅(べに)を引いたかのように紅くつややかだ。一見、清楚で可憐な美しさに、口許だけが不思議と艶(なま)めかしく映じるのが特徴的だった。
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