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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
「側室、私をお殿さまが側室として―?」
 にわかには信じられないことだった。なにゆえ、顔を見たこともない藩主が突如として自分を側女にしたいなどと言い出したのか。
「むろん、私は無理にゆけとは申しませぬ。殿のご命令とあらば絶対ではあれど、私はそなたに今更、世俗に立ち返れとは言いませぬ。私の身や寺の行く末は考えなくとも良い。よくよく考えて、自分の気持ちに素直に向き合い、結論を出しなされ」
 光円の居間から出て、どこをどう歩いたのかさえ覚えていない。それほど、吟は取り乱していた。気がつけば、大好きな場所―桜の樹の下にいた。
 光円はあのように言ってくれたけれど、その言葉に到底甘えられるものではない。藩主の命に逆らうことなどあり得ないのだ。もし、従わなければ、吟だけでなく光円も処罰され、この寺も取りつぶされてしまうかもしれない。
 光円には五年前、女衒に売られてゆくところを救われた。この五年間、慈愛を注いで教え導いて貰った。口では言い尽くせないほどの恩義がある。その光円を裏切ることなどできなかった。
―どうしたら良いの?
 吟が両手で顔を覆った時、足音が聞こえた。 ハッとして顔を上げると、一馬の姿があった。ほんの数日逢わなかっただけなのに、無性に懐かしかった。吟の眼から大粒の涙が溢れた。
「どうしたんだ?」
 突然泣き出した吟に、一馬が愕いたようだ。
 今日の一馬は、怒ってはいなかった。吟がよく知っている優しい一馬である。
 一馬の顔を見たら、涙が溢れ出してきて、吟は泣いた。ふいにふわりと抱きしめられ、次の瞬間、吟は一馬の逞しい腕の中にいた。
「殿さまが私を妾にしたいって仰せだと、光円さまが」
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