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夢見桜~ゆめみざくら~
第2章 哀しい現実
 しばらく桜を見上げていた吟は、迷いを振り切るかのように足早に歩き出した。山門を出て長い石段を下りると、もう躊躇うことなく歩き続けた。光円も言った。けして迷うことなく自分の選んだ道を信じて進むのだと。
 半刻ほど歩いた辺りで、道は二手に分かれる。一方は山に分け入った道で、鬱蒼とした山道を進まねばならない。もう一方は山裾をぐるりと迂回して進む平坦な道で、足場もしっかりとしており、途中の道筋には旅籠や茶店も幾つかはあった。大抵の旅人はこちらの道を利用する。
 だが、吟は躊躇わず山道を選んだ。仮に追っ手が来ても、山道ならば上手く逃げ切る可能性もある。人通りも多い道は、すぐに見つかってしまう恐れがあった。
 山道に入ると、両側には樹木が生い茂り、細い道の中まで草が伸び放題に生えてきている。まるで威嚇するかのように身をくねらせて、巨大な樹が両側から見下ろしている。びっしりと茂った木の葉に閉ざされて、わずかな月明かりさえ足許には届かない。ほとんど闇一色に塗り込められた道を、吟は懸命に歩いた。
 大きな樹に何かの蔓が複雑に絡みついていて、その姿はさながら魔物のようにも見える。吟は、ふいにひと月ほど前、夢見桜の下で見た怖ろしい夢を思い出した。あのときも吟は巨大な黒い影に追われていたのだ。自分を追いかけてくる黒い影―、あれは、このことを意味していたのだろうかと今更ながらに思う。
 その時、吟はハッとした。考え事をしている中に道に迷ったらしい。狼狽えて周囲を見回すと、濃い霧が立ち込め始めている。靄のようなものか、白い煙状のものが一寸先も見通せないほど立ちこめ、視界を白く閉ざしている。
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