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夢見桜~ゆめみざくら~
第2章 哀しい現実
「京か。お吟は、そんなに藩主の許へゆくのが嫌なのか」
一馬が呟くように言った。その言葉には軽い失望の響きがあった。
「娘の足ではそのように遠くまでは難儀でろあろう。せめて山を出るまでは送っていってやろう。この山道を出て西へゆけば、京へにもつながる道に出る」
「でも、そんなことをして一馬さまにご迷惑がかかってはなりませぬ」
吟は首を振る。折角の心遣いは嬉しかったけれど、自分のために他人を巻き添えにするわけにはいかない。吟の逃亡を助けたことが藩主に知れれば、一馬の身までが危うくなるかもしれないのだ。
「構わぬ」
一馬は吟の手を取った。一馬に手を取られ、吟は白い霧の中を歩いた。とにかく元の山道までは連れていって貰うしかない。吟一人ではこのまま迷ってしまうに相違なかった。
やがて記憶にある風景が眼に映じた。先刻、吟が通った場所だ。まるで人の貌(かお)をしたような巨大な樹に見覚えがあった。恐らく、ここで道を外れてしまったのだろう。道に戻って少し歩くと、樹に一頭の馬がつないであった。一馬は馬の鼻面を少し撫でると、ひらりと馬に飛び乗り、吟の手を引く。躊躇う吟を横抱きにして軽々とその後ろに乗せた。
「一馬さま、私―」
身をよじって降りようとする吟を、一馬の腕が咄嗟に捉えた。
「気にするな。それよりも、しっかりと俺にしがみついていろ。油断すると、振り落とされるぞ」
今夜の一馬はこれまでになく強引であった。馬が急に駆けだし、吟は悲鳴を上げそうになった。慌てて一馬の身体に手を回した。
「もっと俺の腰にしっかりと両手を回して」
一馬の声が流れてゆく風に乗って飛ぶ。吟は必死で落ちまいとし、その言葉に従うしかない。
一馬が呟くように言った。その言葉には軽い失望の響きがあった。
「娘の足ではそのように遠くまでは難儀でろあろう。せめて山を出るまでは送っていってやろう。この山道を出て西へゆけば、京へにもつながる道に出る」
「でも、そんなことをして一馬さまにご迷惑がかかってはなりませぬ」
吟は首を振る。折角の心遣いは嬉しかったけれど、自分のために他人を巻き添えにするわけにはいかない。吟の逃亡を助けたことが藩主に知れれば、一馬の身までが危うくなるかもしれないのだ。
「構わぬ」
一馬は吟の手を取った。一馬に手を取られ、吟は白い霧の中を歩いた。とにかく元の山道までは連れていって貰うしかない。吟一人ではこのまま迷ってしまうに相違なかった。
やがて記憶にある風景が眼に映じた。先刻、吟が通った場所だ。まるで人の貌(かお)をしたような巨大な樹に見覚えがあった。恐らく、ここで道を外れてしまったのだろう。道に戻って少し歩くと、樹に一頭の馬がつないであった。一馬は馬の鼻面を少し撫でると、ひらりと馬に飛び乗り、吟の手を引く。躊躇う吟を横抱きにして軽々とその後ろに乗せた。
「一馬さま、私―」
身をよじって降りようとする吟を、一馬の腕が咄嗟に捉えた。
「気にするな。それよりも、しっかりと俺にしがみついていろ。油断すると、振り落とされるぞ」
今夜の一馬はこれまでになく強引であった。馬が急に駆けだし、吟は悲鳴を上げそうになった。慌てて一馬の身体に手を回した。
「もっと俺の腰にしっかりと両手を回して」
一馬の声が流れてゆく風に乗って飛ぶ。吟は必死で落ちまいとし、その言葉に従うしかない。