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夢見桜~ゆめみざくら~
第3章 夜の哀しみ
最後の言葉は皮肉な響きもなく、ただひどく淋しげに聞こえた。一馬は吟の側にある作りかけの仏像を再び手に取った。小さな仏の表情(かお)は泣いているようにも、笑っているようにも見えた。もしかしたら、吟が一心に彫る仏の顔は吟自身の心情(こころ)が投影されているのかもしれない。
一馬はひとしきりその仏像を手の中で撫で回し、呟いた。
「この仏は、そなたに似ている」
そう言う一馬の視線は遠かった。今、彼は庭の紫陽花を見ているように思えたが、実際はどうなのだろう。
「お吟。これでも、俺はそう悪い男ではないと自分では思っているんだがな。俺のことを好きになってみないか? 少なくとも試してみる価値はあると思うが」
それは、毎夜、吟に陵辱の限りを尽くす一馬の口から出たとは信じられないような弱気な発言であった。
「そなたは、けして俺の手に届かない場所にいる。たとえ、そなたの身体を欲しいままにしても、心は永遠に手に入れることはできない。俺は焦り苛立ち、余計にそなたを責め苛んでしまう。だが、これだけは覚えておいてくれ。そなたがどれだけ俺を嫌おうと、俺はそなたを愛し続ける」
一馬はそれだけ言うと、立ち上がり、吟が彫った石仏を懐に入れた。襖が開き、衣擦れの音が廊下を遠ざかってゆく。
吟はつい今し方、一馬が眺めていた紫陽花を見つめた。淡い蒼色はやっと色づき始めたばかりだ。今年の梅雨は雨が少ないようだ。
一馬は愛していると吟に言う。愛しているからこそ、吟の身体を欲しいままにしているのだとも。だが、それは、本当に愛だと言えるのだろうか。吟は疑問に思わずにはおれない。
一馬はひとしきりその仏像を手の中で撫で回し、呟いた。
「この仏は、そなたに似ている」
そう言う一馬の視線は遠かった。今、彼は庭の紫陽花を見ているように思えたが、実際はどうなのだろう。
「お吟。これでも、俺はそう悪い男ではないと自分では思っているんだがな。俺のことを好きになってみないか? 少なくとも試してみる価値はあると思うが」
それは、毎夜、吟に陵辱の限りを尽くす一馬の口から出たとは信じられないような弱気な発言であった。
「そなたは、けして俺の手に届かない場所にいる。たとえ、そなたの身体を欲しいままにしても、心は永遠に手に入れることはできない。俺は焦り苛立ち、余計にそなたを責め苛んでしまう。だが、これだけは覚えておいてくれ。そなたがどれだけ俺を嫌おうと、俺はそなたを愛し続ける」
一馬はそれだけ言うと、立ち上がり、吟が彫った石仏を懐に入れた。襖が開き、衣擦れの音が廊下を遠ざかってゆく。
吟はつい今し方、一馬が眺めていた紫陽花を見つめた。淡い蒼色はやっと色づき始めたばかりだ。今年の梅雨は雨が少ないようだ。
一馬は愛していると吟に言う。愛しているからこそ、吟の身体を欲しいままにしているのだとも。だが、それは、本当に愛だと言えるのだろうか。吟は疑問に思わずにはおれない。