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夢見桜~ゆめみざくら~
第3章 夜の哀しみ
 愛情とは、異性であれ同性であれ、互いの信頼関係の上に成り立つものではないか。信頼のない関係に、愛情なんてあり得ない。それは、ただ相手を力で屈服させ、暴力的に支配するだけのことだ。
 一馬は吟を愛しているというけれど、一馬のような愛し方を吟は到底理解することはでそうになかった。毎夜、夜が訪れる度に、吟は本気で死んでしまいたいと思う。それほど、一馬は吟を責め苛む。一馬の暴力的で執拗な愛撫のどこを探せば、愛情や労りを見つけることができるのだろう。ただ欲望のままに吟の身体を蹂躙しているだけではないか。
 だが、そう思う一方で、吟は先刻、部屋を去るときの一馬の淋しげな横顔が妙に気になった。吟が彫った石仏を見て、吟に似ていると言った一馬。あの仏は、まだ完成していなかったというのに、一体、一馬は、どういうつもりで吟の作ったあの小さな仏を持ち帰ったのか、一馬の心が判らない。
 ただ、庭に向けていた一馬の眼差しの暗さや、ふと見せた淋しげな表情だけが心に灼きついていた。
 ふいに雨音がして、吟は我に返った。庭を見れば、細い雨が落ちて、紫陽花を濡らしていた。鈍色の空から落ちてくる雨は、銀の針のようだ。先刻の一馬の淋しげな眼は、銀の針のように吟の心を刺し貫く。自分を力で征服し慰み者にする男のことが何故、そんな風に気になるのか、吟は自分でもよく判らない。どうでも良いではないかと思うのに、しきりに一馬の思いつめたような眼が瞼にちらつく。
 吟は物想いに耽るように、いつまでも降り始めた雨を見ていた。
―俺のことを好きになってみないか? 
 先刻の一馬の台詞が耳奥で蘇る。
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